2017年4月18日 (火)

新緑の季節 

 南からの強風にあおられ、庭のソメイヨシノの花びらが、吹雪のように舞っています。桜花は、ソメイヨシノからヤマザクラへと引き継がれ、里山は新緑の季節へと替わってきました。日中、部屋の温度計は30℃を指しました。Img_0003_1

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2017年4月13日 (木)

春爛漫

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2017年4月 7日 (金)

里山散策

 朝方降っていた小雨もやみ、日が差してきたので、近くの里山に散歩に出かけました。この冬は、もっぱら探鳥を楽しんだのですが、キジを写真に収めたのは初めて。ケンケ~ンと大きな声のする方をみると、キジの雄が、イノシシ除けの赤い柱と電線の側を、ゆっくり歩いていました。Img_0006

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2017年4月 6日 (木)

後藤明生著『夢かたり』を読む

 先に読んだ朴裕河著『引揚げ文学論序説』(人文書院2016刊)において、植民地や占領地における帝国支配の「記憶の風化が進んでいる今日こそ、改めて読み直されるに値する」と高く評価された後藤明生の小説『夢かたり』(中央公論社1976刊)を、市立図書館から借り読みました。

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2017年3月29日 (水)

カタクリの花

Img_9002           高崎市吉井町小串のカタクリの花が、見頃を迎えました。

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2017年3月28日 (火)

朴裕河著『引揚げ文学論序説―新たなポストコロニアルへ』を読む

 私の知っている「引揚げ」は、学生時代に農場実習で世話になった八ヶ岳山麓の開拓村の老夫婦や、宇都宮で読書会をともにした高校教師が、旧満州からの引揚者であったこと、また、昨年100歳で亡くなった地区最長老の男性が、シベリア抑留からの帰還者であったことなどです。私にとって「引揚げ」は、無縁ではない。このことは、戦後「外地」(植民地や占領地)から「内地」への帰還者が、民間人341万人、軍人・軍属311万人、合計650万人(当時の人口の10%)という膨大な人数であったことを思えば、納得がいきます。

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2017年3月19日 (日)

津波予見可能・原発事故は防げた! 群馬避難者・原発訴訟判決

  一昨日、前橋地裁において、福島原発事故で群馬県に避難した住民による集団訴訟の判決があり、その報告集会に参加しました。会場となった教育会館大ホールには、立錐の余地なく大勢の人びとが詰めかけ、熱気がこもっていました。演壇の上には、「故郷を・普通の生活を返せ!こどもの未来を奪うな!」と大書したパネルが掲げられていました。Img_0020

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2017年3月10日 (金)

オスプレイ初飛来

 昨日の朝、米軍の垂直離着陸機オスプレイの参加する日米共同訓練に反対するため、榛東村の自衛隊相馬原演習場へ行きました。相馬原は、自宅から車で1時間ほどの距離、現地に到着した9時30分ころには、すでに50人前後の市民が「オスプレイ GO HOME!」等の横断幕を掲げ、オスプレイ飛来と日米軍事演習の反対を訴えていました。Img_0018

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2017年3月 8日 (水)

絶望と希望と、怒りと祈りと―『広河隆一・チェルノブイリ―展』から―

 先週末の3月4日、5日、高崎市吉井文化会館ギャラリーで開催した『広河隆一・チェルノブイリ展』は、184人もの入場者があり盛況のうちに終わりました。フォトジャーナリスト広河隆一さんの知名度の高さとともに、昨年につづき、吉井町行政区でのチラシ回覧とポスター掲示、高崎市内の公民館や文化会館へのポスター掲示とチラシ配置、そして12月以降は脱原発関連集会等でのチラシ配布など宣伝活動に力を入れた結果でした。人口2万人ほどの小さな町内の140か所の掲示板に張られた乳児を抱いたベラルーシの母親の肖像は、町や村の人びとの眼にどのように映ったでしょうか。Img_0002_2

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2017年2月27日 (月)

今朝のバード・ウォッチング

 つれ合いと向いの里山を散策。右手にコンパクトカメラを握りしめ、野鳥の飛来を期待する。すると、竹藪のなかから、甲高いチィッチィッチィッという声とともに10数羽のエナガの群れが、素早く飛んでいきました。カメラを向ける暇も与えない速さ。エナガの撮影は、難しい。(写真は10日ほど前に、自宅の庭に飛んできたエナガをキャッチしたもの)Img_0007_1

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