2017年1月22日 (日)

ときには、探鳥

 高崎・観音山野鳥の森にバード・ハウスがあり、探鳥を楽しむことができます。冬期の土日には、日本野鳥の会のメンバーが駐在して、野鳥たちの名前や生態を丁寧に教えてくれる。
 ヤマガラが盛んにやってきて、餌場のヒマワリの種子をくわえて飛びたち、またすぐに戻ってきて種子をくわえる、という行動を繰り返していた。どこかに餌をため込んでいるようです。Img_2581

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2017年1月17日 (火)

『広河隆一・チェルノブイリ展』を高崎市吉井町で開催します

 来る3月4日(土)、5日(日)の2日間、東日本大震災・福島第一原発事故6周年を記念して、『広河隆一・チェルノブイリ展』を、高崎市吉井町の文化会館ギャラリーで開催します。すでにチラシとポスターは印刷を終えており、今日から宣伝活動に入ります。当日会場に掲示する予定の主催者の「挨拶文」をもって、開催の趣旨説明とします。(ポスター:「6.pdf」をダウンロード)

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2017年1月10日 (火)

夏目漱石著『明暗』と水村美苗著『続 明暗』を読む

 漱石没後100年(1916年12月9日没)の年末から生誕150年(1867年2月7日)の年初にかけ、漱石未完の絶筆『明暗』と、その未完の書が書き継がれた水村美苗著『続 明暗』を読みました。

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2017年1月 3日 (火)

絶望と希望と

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 「絶望するには、いい人が多すぎる。希望を持つには悪い奴が多すぎる。なにか綱にようなもので担いで、絶望から希望へ橋渡しをする人がいないだろうか」(井上ひさし『組曲 虐殺』から)。

 昨年末読んだ、ノーマ・フィールドの講演録の最後に引用されていた、井上ひさしの言葉です。絶望と希望が交錯する2017年の年明け、「絶望から希望へ橋渡しをする人」を探しつづけるこれからの日々を、おもいます。

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2016年12月27日 (火)

ノーマ・フィールド著『今、いかにして本気で〈平和〉が語れるか』

 札幌に住む友人から、小冊子が送られてきました。ノーマ・フィールド著『今、いかにして本気で〈平和〉が語れるか あるいは➀ひとはなぜ、掛け替えのない、はかない命を守ろうとしないのか、できないのか ②「逆さまの全体主義」に抗するために』。この長い表題の小冊子は、2015年11月、札幌市のあるプロテスタント教会で開かれた「北海道宗教者平和協議会結成50周年記念講演」の講演録です。時機を得た興味ある講演だとして、友人が送ってくれたもの。Photo             (YouTube 2015年の「11.19戦争法廃止国会前集会」から)

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2016年12月13日 (火)

冬到来―野菜を乾燥させる―

 最低気温が氷点下を記録しました。車のフロントガラスは、霜が降りて、まっ白です。この季節になると、つれ合いは野菜の乾燥と柚子のジャム作りに、多忙を極めます。Img_2568

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2016年12月 4日 (日)

朱色の世界に染まる―京都・紅葉狩りの終りの日―

 京都・紅葉狩りの3日目、最終日です。嵯峨野高校生物部の後輩たちとの52年ぶりの再会の日。この日に備え、風邪を引かないように気をつけていたのですが、先週の季節はずれの雪の日以来、なんとなく風邪気味で、この一週間、気の落ち着かない日々を過ごしました。Img_2269     (嵐山・保津川右岸から対岸を見る。遊覧船がのんびり、行き交っていた)

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2016年12月 3日 (土)

朱色の世界に染まる―京都・紅葉狩りの中の日―

 京都での紅葉狩りの二日目は、両親の墓参を兼ねて姉2人と一緒に、鷹峯・源光庵と妙心寺を訪ねました。鷹峯は京都市街の北西端にあり、やや標高のあるところから、中心部より気温は低い。紅葉はすでに盛りを過ぎ、芝地の上に落葉が積み重なっていた。Img_1978_4

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朱色の世界に染まる―京都・紅葉狩りの初日―

 この週はじめ、姉夫婦の見舞いを兼ねて、京都で紅葉狩りを楽しみました。大学時代の友人との数年ぶりの、そして高校の生物部の後輩たちとの52年ぶりの再会を、美しく朱色や緋色に染まったモミジのもとで、果たすことができました。Img_2360    (今回の紅葉狩りで、もっとも朱色が際立っていた大覚寺・大澤の池の紅葉。)

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2016年12月 2日 (金)

大河小説の醍醐味を味わう―津島佑子著『火の山―山猿記』

 Tさんへ
 その後、如何お過ごしでしょうか。
 秋の寄合いの時、長年介護なさってきたお姉さんが亡くられたことや、地元では由緒ある旧家であったTさんの実家について、話されました。富士山をまぢかに仰ぎ見るTさんの実家は、貴兄の子ども時代は、両親と10人の子どもからなる大家族だった、ということでした。長兄と末っ子の貴兄との年齢差は、20歳以上離れていた。その長兄が、医者となってT家を継ぎ、現在、その息子がやはり医者として、T家の跡取りとなっている。貴兄たちが生まれ育った家は、旧家にふさわしい歴史ある大きな木造住宅でしたが、あちこちの痛み激しく、ついに取り壊すことになったと、懐古と惜別の情深く話されました。
 津島佑子著『火の山―山猿記』を読んでいて、小説の主人公たちの有森家とT家とが、駿河と甲州の違いはあるとしても、「地方の旧家、大家族、富士山」という3つのキーワードで結ばれていることを発見し、これは貴兄に知らせなくては、と思った次第。

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