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2006年6月20日 (火)

水芭蕉の尾瀬

 週末、昔の職場の仲間と、尾瀬へ行きました。この時期、尾瀬へ入るのは、始めてです。鳩待峠から山ノ鼻を経て、尾瀬ヶ原を散策しながら、温泉小屋まで5時間ばかり歩きました。6人の仲間は今日は、にわか植物学者となって、美しくまたは可愛く咲き競う花たちの名前を、『尾瀬の植物図鑑』を片手に、言い当てっこをしました。2つ覚えては3つ忘れると言った記憶力ですから、せっかくの花の名前も、中々頭に残りません。
 リュウキンカ。耀くような黄の小さな花、今が盛りでした。見晴近くには群落があり、賑やかに華やいでいます。 ザゼンソウ。渋いこげ茶色で大人の握りこぶし大。小さいなりに、不思議な雰囲気を漂わせています。見晴小屋の近くに、3輪だけ見かけました。ミツガシワやチングルマも、目を楽しませてくれました。そして、水芭蕉。山ノ鼻界隈のものは、開花が早かったらしく、やや草臥れていましたが、燧ケ岳に近づくにつれ、振りは小さく白色は鮮やかとなりました。清らかに楚々として水中に立っている姿は、湿原の小さな妖精というに相応しいと思いました。
 今までは、ニッコウキスゲの咲くころに行くことが多かったのですが、そのころの水芭蕉は、大変大きく色もあせており、醜い花の印象を強く持っていました。大変な誤解でした。
 宿泊は、温泉小屋。
 食後は、仲間の一人が詩吟を習っているということで、小屋の前の小広場で、演奏会をしました。5人の観客のヤンヤの喝采のもと、朗々と吟唱。が、緊張と疲労のためか、途中で声が出なくなってしまいました。
 翌朝は、白砂峠から尾瀬沼へと向かいました。途中残雪が多く、足元もツルツルで怖かったです。やや雨模様の中、尾瀬沼を周回し、三平峠から大清水へと抜けました。約7時間の行程でした。

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2006年6月10日 (土)

ダニス・タノヴィッチの映画

 久々に、映画館へ行きました。上映されていた映画は、キェシロフスキ原案 ダニス・タノヴィッチ監督『美しき運命の傷痕』(L’ENFER地獄)05仏・伊・ベルギー・日合作。
 印象に残った場面を、いくつかメモしておきます。
 主人公は、三姉妹とその母親の4人。
 長女ソフィー。ベッドに横たわる夫の愛人に近づくソフィー。レスビアンを想起させるような妖しさに、ぞっとします。愛人の美しさは、夫への抜きがたい憎しみを募らせました。
 次女セリーヌ。寝室のベッドに全裸のセリーヌが腰掛けています。近づいてきた男に、自分を与えるためです。が、彼女の悲しい勘違いでした。男は、セリーヌの父の冤罪を拭おうと、訪ねてきたのでした。
 三女アンヌ。恋人の大学教授とその妻と娘の前での告白。「愛してる。愛を感じます。彼の仕草や視線に。もうあんな人に会えない。私にはこれが最後の愛。一緒にいたいの。」
 三姉妹の母。高校の教員室で、裸の男子生徒と向き合う夫を目撃。自ら刑事告発。刑務所で刑期を終えて帰宅した夫を待っていたのは、妻の絶望的な拒絶と憎悪でした。激しい夫婦の諍い。夫は、自ら死を選び、妻は、言葉を失います。
 それから20数年。その母の告発が、間違っていたことを、娘たちから聞かされ、しかし、「それでも私は何も後悔していない」と。
 夫であり父でありそして教師である一人の男が、生徒を庇って、自ら罪と罰を享受します。このやさしさが、男の家族に、取り返しのつかない悲劇を生み、それが、次の世代へと再生産されていきます。
 夫と言葉と世界と、すべてを拒絶した妻(母)役のキャロル・ブーケは、何か映画での演技さえ拒みきったような、凄みのある役作りでした。
 深く考えさせられる作品でした。
 同監督の前作『ノーマンズランド』も、是非観てみたい。

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