堀田善衞の「60歳」
堀田善衞著『スペイン430日―オリーブの木の蔭に』を再読。
「朝から素晴らしい天気である。今日、小生60歳の誕生日である。」と書き始められたこの作品は、著者が、それまでの10年間、小説家を休業して取り組んできた『ゴア』4部作を完成させた後の、1年余のスペイン滞在日記です。
堀田善衞は、1977年5月、横浜から船で出発してから、幾度か日本と往還しながら、85年までの8年間を、ずっとスペインで暮らしました。その最初の時期に書かれたのが、この本です。著者の「60歳」は、スペインへ居を移すという行動によって、際立つ特徴を示します。
堀田は、『ゴア』を完成した時、「身に非常な疲れと、自分の生自体がひどく希薄になった」と感じつつ、「まだ60歳未満くらいであり、このあとどのくらい生きるものか見当がつかず、すぐ目の前に死の崖ップチがあるような気がしたり、まだまだ時間があるようにも思え、人生の設計図が描けないで閉口していた」とき、いろいろに思いあぐねたあげくに、居を移すため、夫婦でスペインへ行きます。
日記には、スペインでの読書と思索、旅と歴史を見ること、無名・著名のひとびととの交流と衣食住の暮らしぶり、そして、時々もたらされる日本からの情報とそれへの感想などが、一日も休むことなく記されています。一番驚かされるのは、旅と歴史への情熱とタフさ加減です。小説やエッセイ以上に、著者を身近に感じます。そして、「堀田善衞」と「スペイン」への関心と好奇心を、心ゆくまで満足させてくれました。
今回の再読で、もちろん60歳を意識した読書であったのですが、著者の年齢(=60歳)意識を感じさせる場面が幾度となくあり、堀田のスペイン行きが、60歳を強く意識した行動であったと、改めて感じました。
「夕方、家内と丘のテッペンの孤児院まで散歩に行き、白い花などを摘む。野の花を摘むなど、何十年ぶりのことである。
まず最初に移行をして行ったのが梅崎春生、次が椎名麟三、ついで武田泰淳、竹内好、森有正、吉田健一、次第にはずみがついて来たかの感があり、しかもそれだけはげみがなくなって来ていることも否定できない。」
読後の今、「再生」という言葉が、心に浮かびました。