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2006年10月15日 (日)

核開発と太陽政策

 金大中前大統領に始まる、北朝鮮にたいする韓国の「太陽政策」が、窮地に陥ってます。太陽政策こそが、今日の北朝鮮の核実験をもたらしたのだ、という論調です。
 私は、この論には組しません。
 私は、01年の年賀状で、友人たちに向かって、次のようなメッセージをおくりました。

 「朝鮮戦争から50年。南北首脳会談、金大中さんのノーベル平和賞受賞、そしてオリンピック南北選手団の統一行進。胸の熱くなる出来事が、続きました。
 昨年の前半、私は、ある韓国人作家の小説に、圧倒されていました。チョウ ジョンネ著『太白山脈』。4千ページを超える大作は、朝鮮戦争さなかの全羅南道の小さな田舎町を舞台に、朝鮮の人々の戦いと苦悩を、克明に描いています。戦争で亡くなった人々への鎮魂の書が、南北統一に向けた希望の書となっています。6月、『太白山脈』を読み終え、深い感動のなか茫然としていた時、南北首脳会談のニュースが、飛び込んできました。」

 あれから6年余が経過し、今日にいたりました。この間、何が変わり、何が変わらなかったのか。
 韓国政府による太陽政策は、堅持されて来ました。南北間の関係は、さまざまの問題を抱えながらも、一貫して南北統一を希求するものでした。それは、韓国側により強くあったように思います。大きく変わったのは、アメリカ合州国政府でした。ネオコンたちを引き連れたブッシュ大統領の登場です。9.11テロ、アフガン攻撃、そしてイラク侵攻。アメリカ合州国とその追随国家によるイラク侵略が、北朝鮮政府を震え上がらせたことは、容易に想像できることです。そして、アメリカ政府が、核保有国に対しては、武力攻撃を仕掛けたことがないという事実は、北朝鮮首脳に、核開発を決意させるに十分な理由ではなかったでしょうか。
 私は、アメリカ政府とその追随国家政府こそが、北朝鮮の核開発を促進したと考えます。
 私たちの憲法は、外交努力での国際間紛争の解決を、求めています。わが国の政府が、冷静にして沈着に、この憲法原則に則って行動することを、強く求めます。

2006年10月 9日 (月)

野反湖の白い雲

 妻の母が、亡くなりました。重度の認知症に罹り、寝たきりの状態だったのですが、実の娘の手厚い介護のもとに、やすらかに他界しました。明治の最後の年にこの世に生を受け、95歳の天寿を全うしました。
 その妻と連れ立って、草津温泉に近い野反湖に行ってきました。珍しく3日続きの快晴で、義母の死と葬儀の疲れを癒すに足りる、大変気持ちの良い1日でした。
 マグリットの「光の帝国」に軽い衝撃を受けてからは、青空に浮かぶ白い雲に、強く惹かれます。そして今日、湖に映えるたくさんの雲たちが、私たち二人の眼を、楽しませてくれました。

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2006年10月 1日 (日)

柘榴のスープ

 酒井啓子さんの書評に誘われて、マーシャ・メヘラーン『柘榴のスープ』読む。
 亡命イラン人の3人姉妹が、アイルランドの田舎町で開いたペルシャ料理店の物語。アイルランド版『ショコラ』といったところ。ただ、『ショコラ』では、ジュリエット・ビノシュ演ずるところの主人公ヴィアンヌの素性が、必ずしもはっきりしないのに対し、この3姉妹の過去は、明らかです。そして、この過去の出来事が、この小説の底流に流れつづけています。
 アメリカ合州国(CIA)の傀儡政権であったシャーの暴政が、ホメイニによるイスラム革命を招来し、その混乱の中で、一家は亡命の道を選びます。
 いままた、アメリカはイラクで同じ過ちを繰り返し、亡命者たちを、世界中にばら撒いています。
 18歳のアイルランド青年と15歳になる亡命イラン人少女の、あまーい恋物語の背景には、こうした歴史が、横たわっているのです。

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