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2006年11月29日 (水)

日本史の常識がくつがえる

「聖徳太子は日本人ではない」といわれ、へぇっ?と一瞬戸惑いそして驚きます。しかし、最近の古代史の通説では、そうなのです。つまり、日本という国家の形成過程で、「日本」という国号と「天皇」という称号が安定的に用いられ、制度的に定着するのは、天武、持統朝からであり、このときよりも前に「日本」も「日本人」も実在しない、というわけです。では、聖徳太子は何人なのか?彼は、倭の国の倭人なのです。
 「へぇっ!」という私の意識のなかに、端無くも私自身の国家観が、滲み出てしまいました。統治機構としての「国家」と私が生まれ育った「くに」とを、ごっちゃにし曖昧にしている。私の中の「日本」は、歴史的存在としての国家ではなく、神話的存在としての(それは必ずしも『記紀』の世界ではなくても)日本をイメージしていたのかもしれません。

日本中世史の網野善彦さんの『日本の歴史をよみなおす(全)』は、私たちの日本史の常識を、一つひとつ覆していき、「日本」や「天皇」を、空気や水のような自然現象(=絶対的存在)のように感じている私たちに、それらを相対化し対象化する力を喚起してくれます。

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2006年11月23日 (木)

庭の紅葉

 庭の紅葉が、たいへんきれいです。
 今年は特に、枝垂れもみじが美しい。昨年は、11月の早い時期に黄色ばみ、雨に濡れそぶれて、溶けるように落葉してしまいました。しかし、今年の枝垂れは品良く色づき、やまもみじとともに、目を楽しませてくれています。

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2006年11月22日 (水)

「愛国の作法」を読む

 姜 尚中著『愛国の作法』を読みました。 このたび創刊された朝日新書の第1号です。
 時あたかも、教育基本法改正案について、参院での審議が始まったところですが、最も大きなテーマのひとつである「愛国心」について、ほとんど議論されません。著者は、それ故にこそ、この本で訴えているのです。
 「大切なことは、国を愛することや愛国心を、夜郎自大的な一部の「右翼」的な人々の専売特許のままにしておかないことです。もっとしなやかに、そしてしたたかに国を愛することや愛国心について語り、議論することが大切なのです。」
 私は、自分の言葉で「愛国心」を、いまだかつて一度も語ったことがないことを、改めて思い起こします。そして、著者の問題提起に、真摯に向き合っていきたいと考えました。 本書の中で、一番印象に残った一節を引用しておきます。
 

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2006年11月19日 (日)

『ハーメルンの笛吹き男』

  阿部謹也著『ハーメルンの笛吹き男-伝説とその世界』を読みました。この9月に亡くなった著者の追悼記事にこの本を発見し、是非読んでみたいと思っていたものです。まず、表紙カバーのブリューゲルの絵が、目を引きます。子供たちと遊んでいる兎の耳の頭巾を被った芸人の男が、剣を腰に差した騎士に捕らえられようとしています。後方では、農民たちが、ダンスを踊っています。この本は、ブリューゲルの世界への誘いであることを、予感させます。
 

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2006年11月18日 (土)

屋久島

  今週のなかば、屋久島へ行ってきました。仕事は初日に終え、二日目は終日、島内を巡りました。

  お目当ては、何よりも屋久杉。縄文杉を見るには、往復9時間あまりの健脚コースを覚悟しなければなりません。仕事のついででは多少無理があるため、それは次回のお楽しみとして、3時間ばかりのコースを、ハイキング゛しました。白谷雲水峡は、標高600~800メートルのところにある屋久杉と照葉樹の混成林地帯です。快晴の空のもとでしたが、森の中は薄暗く、朽ち果てた倒木にはコケが一面に生え、シダ類やキノコも着生しています。森全体が、濃い緑色と木肌の暗い褐色に覆われている中、赤い肌色のヒメシャラは、周りを明るく照らしているようです。歩き出して1時間も経ったころ、弥生杉に辿りつきました。胸高周囲8.1メートルという巨木は、如何にも堂々としていて、この倍の周囲はあるという縄文杉の魁偉さを、想像させてくれるに充分でした。

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   もうひとつの自然休養林が、屋久杉ランドです。海岸から16km標高1000~1300メートルのところにあります。樹齢が1000年を超えるという屋久杉が、あちこちに点在しています。仏陀杉樹高21.5メートル・胸高周囲8.0メートル・樹齢1800年、紀元杉同19.5メートル・8.1メートル・3000年。こうした巨木を見たあとに、比較的小さな、といっても胸高周囲4,5メートルばかりの杉に出会うと、「君の生まれは平安かね、それとも鎌倉かね。まだ若いね。」と問い掛けたくなります。屋久杉の地は、1000年単位の生命が息づいているのですね。森の中を歩いていますと、ここあそこで、やや小ぶりの鹿に出会いました。屋久鹿。ほとんど人を怖がりません。勿論、こちらに寄って来るわけではありませんが、逃げていく感じでもないのです。カメラを向けると、じっとこちらを見ています。残念ながら、森の中の暗がりでしたので、フラッシュをたいて驚かすわけにも行かず、撮影はいまひとつ。猿も多かったですね。

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 屋久杉ハイキングの後は、車で島内を一周しました。海岸沿いの野天風呂を楽しみ、いくつかの雄大な滝を見、そして、海の向こうの離島を遠くに眺めながら、縄文杉への未練を残して、今回の旅を終えました。

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2006年11月10日 (金)

『ゲルニカ』は装飾品か?

  丸の内OAZOの、ピカソ作『ゲルニカ』(陶板のレプリカ)の前は、いつもはベンチが置かれ、人々が休息している、といった空間です。私は月に一、二度、丸善に来たときに、挨拶するような気持ちで『ゲルニカ』の前に立ちます。マドリッドにある実物とくらべ、牛と馬の間で空を見上げて涙している一羽の鳥が、このレプリカではほとんど消えんばかりになっている事に、多少の不満を持ちながら、でもこのピカソからのメッセージを読み解こうと、しばらくは眺めています。そして、この大きな壁画に、私同様、鑑賞する人がいると、すこしうれしくなります。しかし、この絵に関心を向ける人は、ほとんどいないようです。

 8日の夕方、いつものように丸善で本を買った帰りに、『ゲルニカ』のところへ行ってみて驚きました。「日本の鞄100選」とかいったイベントが催されていました。手作り革製品のキャンペーンのようなものでした。アルバイトだと思われる若い女性が、大声で客集めをしていました。そこでは、『ゲルニカ』は、単なる革製品売り場の装飾品となっていました。勿論その前で鑑賞するなんてことは、まったくできません。高級手作り革製品こそが、その場の主人公なのです。

 ピカソのこの作品は、作者本人にとっても、そしてスペインの多くの人々にとっても、かけがえのない宝だと思います。以前マドリッドの美術館で、『ゲルニカ』を観る機会がありましたが、この作品を前にした人々の、食い入るような目線と祈るような真摯な態度に、心打たれたことを思い出します。OAZOの光景は、マドリッドの市民や『ゲルニカ』を愛する世界の人々に、見せたくないなあ、と悲しい気持ちになりました。ここにこの作品を掲げたプロデューサーの意図は、何だったのでしょうか。

2006年11月 4日 (土)

イノシシが出た!

 この月曜日の夜、勤め帰りの道路上で、イノシシの子どもに出会いました。車の前を、道脇の草むらから、のそっと出てきたケモノ。見た瞬間は、タヌキかと思ったのですが、突き出た鼻に、すぐにイノシシとわかりました。まだ、こどもですが、既にウリ坊のような斑点模様は無く、もう大人のような毛並みでした。アンちゃんかな。車を止め、様子を見ていたのですが、先方さんも足を止め、こちらの様子を見ている風でした。ライトを幾度が上げ下げしてやると、もとの草むらへと、戻っていきました。

 つい先日の村内の集まりでは、イノシシの話題に花が咲きました。お向かいの息子さんは、やはり勤め帰りに、夜半近くだったとのことですが、道路を闊歩するイノシシの集団に、出くわしたとのこと。そのうちの1頭が車にぶつかり、修理代10万円なり。農作物の被害も、あちこちで出ています。さつまいもが、大好物。しかも、まるまると太った芋が、よりお好みのようです。栗も大好きなんですつて。栗畑には、イガだけが残されています。春先には、筍を掘り返して食べるようです。

 一昨年の夏、早朝、犬と散歩に出掛けた時、森の中を走り抜けるケモノのような足音を聞き、ギクッとしたことがありました。犬や猫とは違い、明らかに蹄(ひずめ)のある、しかも結構体重のある動物が、けたたましく「ドドッドッ」と走ったのです。そして、その動物の走っていた先で、ギャーッときじの叫び声がしました。後に、山に住む婆様に聞いたところ、「それはイノシシじゃ」ということでした。

 9月の末には、町内にツキノワグマが出て、大騒ぎをしました。また、「サルが2頭、落花生を剥いて食べているので、気をつけておくれ」と班長さんから、電話があったのも、ついこのあいだのこと。この村に引っ越してきて20年弱経ちますが、こうしたことは、ここ数年のこと。ご近所に聞いても、「生まれてこのかた、こんなこと初めて」と皆さんが、口を揃えています。さて、自然は、人と自然の関係は、どうなっているのでしょうか?

2006年11月 2日 (木)

谷川岳の小さな紅葉

 先月末の日曜日、思い立って妻とともに、谷川岳に行きました。前日は快晴だったのですが、当日は曇り空。ロープウェイを降り立った天神平は、濃いガスが立ち込め、駅の天候表示板には、視界20メートルとありました。でも、ロープウェイから見下ろす途中の景色は、山の斜面が紅葉に彩らP1020647れ、車中にため息が漏れました。

 レストランでお茶を飲んだ後外へ出ると、一陣の風が大きく吹くと、一面に立ち込めたガスは、たちまちに消えていき、視界が一気に広がりました。そこで予定通り、熊穴沢小屋までの往復ハイキングに出かけました。

 ガスが消えたといっても、空の厚い雲は依然変わらず、景色を写真に収めるには、暗すぎます。でも、足元の斜面に這い蹲るように生えている小さな植物たちの紅葉が、大変美しい。今日は、これらの小さな紅葉を、撮ることにしました。おそらく、全山が燃えるような紅に染まる時、ブナやナラの大木の下や、ドウダンなどの潅木の下で、こうした小さな生命たちも、けなげに、大木たちとP1020674_1一緒になって彩P1020680_2りを添えているのでしょう。   

   

 

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  山小屋からの帰りは、山頂まで登ってきた人たちに混じって、下山しました。往復2時間強の、ハイキングでした。

 

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