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2007年2月18日 (日)

故郷 西陣を訪ねる

   この金曜日、大学の同窓会に参加するため京都へ帰った機会に、私が生まれ、幼少年期を過ごした西陣を訪ねました。
P1030505_1  京都駅から、昔ちんちん電車の通っていた道路を、市バスで北野天満宮まで行きます。25日の梅花祭を間近に、満開に近い梅も多く、着物姿の参拝者が彩りを添え、境内は花やいでいました。天神さんは、数多い神社仏閣の中で、私にとって最も思い出深い場所のひとつです。正月3ケ日と毎月25日には縁日がたち、物売りや見世物小屋で、それは賑やかなことでした。お袋からもらった10円玉を握り締めて縁日に行くのは、子どものころの最大の喜びでした。夏休み、蝉がやP1030490_1 かましく鳴くもとで、ソフトボール
の試合をしたり宿題の絵を描いたりしたものです。  

  天神さんから5分も歩いたところに私の生家があったのですが、今回の訪問で初めて、既に取り壊されて空地になっていることを知りました。50年も昔の記憶にぽっかり穴をあいたような、不思議な感覚におそわれました。変わったのは、生家だけではありません。近所の店が、ほとんどなくなっています。当時、家から徒歩2,3分のところにあった店を、思い出してみると次のとおりです。子どもの私が、使いに行ったり利用できた範囲の店です。「風呂屋、散髪屋、うどん屋、たばこ屋(2軒)、駄菓子屋(4軒)、八百屋(2軒)、豆腐屋、電器屋(2軒)、米屋(2軒)、酒屋、材木屋、鍼灸院、たこ焼屋、以上20軒」
 こうして書き出してみると、あの狭い地域に随分店が在ったのだと感心しますが、現在残っているのは、風呂屋、散髪屋、うどん屋、鍼灸院の4軒だけでした。うどん屋は、昔の名前のままでしたが、「主人病気にて当分お休み」の張り紙がありました。鍼灸院は昔のまま。しかし、風呂屋と散髪屋は、経営者が変わっていました。このように、大通りから路地にはいった町内の小売りは、壊滅的に減少していました。
 昔市電がとおり、そして現在バスのとおる大通り出てみました。千本通り寺の内界隈です。都はるみさんの実家のすぐ近くです。当時は、間口1間ばかりの小さなかしわ屋(鶏肉店)が、立派な店舗に成長していました。衣料品店、洋菓子店、食品市場などは、昔の名前のままで、金曜日の夕方、それなりの賑わいでした。昆布屋や漬物屋は、京名物の店として、品良く生まれ変わっています。昔は「千ブラ」といって、この界隈を冷やかしに歩くことが、大きな楽しみであったのですが、今だって結構楽しめる町であり続けています。高崎や前橋のシャッター通りと比べて、京都の小売りの粘りと元気に、すこし嬉しくなりました。
 再び大通りから路地にはいり、西陣の町中を小学校に向かいました。機の音が、すっかり減っています。以前は、どの家からも機の音が、ガッチャンガッチャンと聞こえていたのですが、今は、町が静かです。それでも、幾軒かの家から、懐かしい音が聞こえてきました。この静かな町にひとつにぎやかなのが、各戸の格子戸等に張られた政党ポスターです。共産党と公明党のポスターが、覇を競っています。その後に、自民党が続きます。民主党と社民党は、30分ばかり歩いて、各1枚のみ見掛けました。共産・公明両党の5分の1程度です。京都西陣は、政党ポスターの乱舞する政治の町でした。
 町名表示板が、新しくなっています。以前は、仁丹の広告入りの縦長のブリキ板に、京都市北区紫野下柏野・・・町と書かれていましたが、新しい表示板は、長方形のアルミ板に、漢字とともにハングル文字が記されていました。このあたりは、在日韓国・朝鮮人が多いからなあと思っていましたが、地下鉄の駅名表示も同じようにハングル文字が併記されていました。 
 小学校低学年の頃は、家から小学校までの距離は、ひとり行動する最も遠いところだったのですが、10分ちょっとで着いてしまいました。こんなに近かったのかと不思議な気がします。正門のすぐそばにあった二宮尊徳像がありません。周りを見回しますと、校舎に隠れたようなところに、銅像がありました。ロダンの「考える人」です。金次郎さんが、「考える人」に変わった事情を、知る由もありません。変化は、校舎が木造2階建てからコンクリート3階建てへ、体育館も変わり、給食場も変わり、運動場の遊具も変わった。ただひとつ不変なのは、学校敷地の広さと形だけでした。
 小学校の裏手には御土居があったのですが、今は10メートル四方の遺跡としてその残骸があるだけでした。この御土居が、洛中洛外の境界線だったのですが、それは現在も面影を残しており、洛中には狭い路地が入り組んでいるのに対して、洛外は、比較的ゆったりした住宅地や公園が広がっています。
 このたびの故郷訪問は、半世紀の間の変化を見て取ろうとする旅であったのですが、目に映る現象の変わり方を感じ取る一方で、50年前とは少しも変わっていないここ西陣に流P1030522_1れる空気と匂いのようなものP1030531_1に、ほっとした安堵感を覚えました。

         P1030545 P1030539_2  

        

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