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2007年3月25日 (日)

リービ英雄を読み続けて

 リービ英雄さんの『ヘンリーたけしレウィツキーの夏の紀行』と『最後の国境の旅』を続けて読みました。在日米国人による、日本への旅と日本からの旅を題材に、日本語で思考し記述された、フィクションとノンフィクションの紀行文学。
 『ヘンリーたけし…』は、既に読み終えた『我的中国』と一対をなす中国紀行を題材とした小説で、両作品は、ほぼ同時期に書かれています。「千年前、西洋からシルクロードを渡ってきたユダヤ人は、東洋の京(みやこ)で中国人になった」。ユダヤの血をひく父親を持つ著者は、台湾で北京語に囲まれて育った自らの幼い日々を追憶しながら、千年前中国人となったユダヤ人の遺跡をもとめて、宋の古い京を訪ねます。旅の途上、中国の現代が、生々しく表現されます。そして、千年の昔、西洋から東洋へ移り住んだユダヤ人に、「常住日本的美国人」としての自分の姿を、投影させます。

 『最後の国境の旅』は、90年代後半に書かれた「日本への旅」と「日本からの旅」のノンフィクションの紀行文です。日本への旅は、津軽など主に東北への旅について書かれ、日本からの旅は、上海、「満州」そしてドイツへの旅が記されます。旧「満州」から北朝鮮を見た日のことや、ドイツハンブルグ在の日本人女性ドイツ文学者との会話など、静かなトーンのなかにも鋭く興味尽きない話が、続きます。そして、本書の一番最後の「最北の寺」には、すこしギョッとするような記述があり、そして沈思黙考を迫ります。津軽の死者たちの話です。
 
 「七里長浜からすこし内陸に入ったところに、あのお寺があった。・・・・・小さな入り口をくぐって中へ入ると、両側の棚に並べられてあるガラスケースがすぐ目につく。・・・・・最初のガラスケースの中には島田に結った日本人形が入っているのにすぐ気づき、その次のガラスケースに似たような“花嫁人形”のすらっとした着物姿がうかがえる。・・・・・次の瞬間、いくつ目かのガラスケースに近づいてごく自然な好奇心で島田の人形を見ようとすると、その人形のとなりに若い男性の写真があるのに、目がおどろく。・・・・・みんな死者である。死者一人一人の名前と、生没の年月日が写真のとなりに添えられた紙に書いてある。使者たちの花嫁の中にも「さちこ」などと名前が記されているのもある。独身のまま夭折した子供が、あの世で寂しいから、遺族はイタコを呼んで「結婚式」を行う(のである。)・・・・・最後に、まわりより大きなガラスケースに、軍服姿の三人兄弟と、三体の菩薩のように一人一人に添えられた花嫁人形に目が止まった。近づいてみて十八歳から二十歳の兄弟は、昭和二十年の春から夏にかけて、次々と散っていったのに気づいた瞬間・・・・・日本の感性の最果てにたどり着いたと分かり・・・・・何ともつかない熱い声がのどの奥から上がろうとしているのをついに抑えきれず・・・・・はずかしいという日本語の思いを殺して、ひとりで、遠慮なく、泣いたのである。」

 リービ英雄さんの作品を、既に発表されたものも今後発表されるものも、読みつづけていきたいと、思います。
 

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