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2007年3月 9日 (金)

マリアの処女懐胎

 岡田温司著『処女懐胎―描かれた「奇跡」と「聖家族」』(中公新書)を読みました。同氏の前作『マグダラのマリア』(中公新書)から丁度2年目です。その『マグダラ』が、一気に読み終えるほどに面白くかつ刺激的であった経験から、書店でこの本を手にしたときから、ワクワクしたものです。「キリストの「両親」の場合、いってみれば「できちゃった婚」なのだが、その子の父親は、その婚約者とは別の人」なんて記述にぶち当たってみると、なになにっと、好奇の虫が蠢(うごめ)きだします。が、内容は至って真面目でアカデミック。キリスト教とその教義が、宗教学、図像学、神話学、人類学、医学誌、社会史、家族論およびジェンダー論を視野に入れた多角的な観点から、解き明かされていきます。

 最初に、マリアが処女にしてキリストを宿したとされる「処女懐胎」の意味が問われます。素材は、聖書のマタイやルカの福音書、外典『ヤコブ原福音書』、そして多くの画家による『受胎告知』。外典がとりわけおもしろい。イエスの誕生直後のエピソードが紹介されています。「疑い深いサロメという女性が、こともあろうに、実際にマリアの下腹部に指を差し込んで、たしかに処女のままで出産がおこなわれたことを確かめた」。ここで外典の著者が強調しょうとするのは「マリアの処女性であり、その処女懐胎」であったのです。この処女懐胎は、古代の賢者や英雄たちが神聖なる力によって処女の腹から生まれた、という神話を背景にして生まれたことが明かされます。キリスト教の中心的な教義に、異教の影響が、深く及んでいるのです。
 この本の白眉はなんと言っても、マリアの受胎告知や妊娠、出産が描かれた図像の分析です。著者は問います。「マリアは聖霊によって身ごもり、神の御言葉が彼女の胎内で人間の肉体となった、と福音書の教えは説くが、それではいったい、どうやって聖霊はマリアの胎内に入り込み、肉体をもつにいたったというのであろうか」。中世からルネッサンスの時期に盛んに描かれた『受胎告知』の図像から、読み解かれます。中世からの伝統的な図像は「耳から」の受胎。マリアの耳元に、聖霊の鳩が浮遊しています。私たちに最も馴染み深いベアト・アンジェリコ(フラ・アンジェリコ)の「受胎告知」は、「神の御言葉による懐胎」の代表作。ガブリエルとマリアの間の会話が、ラテン語の文字として刻まれています。「子宮に飛び込む聖霊の鳩」は、直接的でわかりよい図像です。
 ここは是非、本文を直接読んで、図像学の楽しみを味わっていただきたい。
 
 第2章は、マリアの「無原罪の御宿り」について、つまり、処女懐胎とは区別されるもので、「マリアの誕生それ自体が肉の罪を免れていた」ということが、どのように図像化されてきたかを見ます。特に17世紀のスペインの画家たちの描く「無原罪の御宿り」のマリア像は、「純白の衣装に身を包んだ若くて美しいマリアが、両手を合わせて三日月の上に乗り、青いマントを翻しながら優雅に天上に浮遊する姿であらわれ」ます。宗教画の範疇を超えて、女性の美しさを大らかに謳いあげているようです。
 第3,4章は、キリストの「養父」ヨゼフとマリアの「母」アンナが、どのように描かれてきたかを探ります。何といっても、「「養父」ヨゼフの数奇な運命」は、面白くスリリングでした。
 再び「外典」から引用されます。マリアの妊娠に気づいた哀れなヨゼフは、「自分の顔を打ち、荒布に身を投げ出して、ひどく泣いていう・・・わたしはどの顔さげてわたしの主なる神を仰ごう・・・欺いたのは誰だ・・・神様が心をとめられたお前がなぜこんなことをした・・・お前の腹の中のものはどうしてできたのだ」。マリアはひどく泣いて、「男を知らないのです。どうしてできたのかわかりません。」と必死の弁明をします。やがて夜の帳(とばり)が下りてきて、眠り込んだヨゼフに神の御使いが現われて告げます。「彼女が宿しているのは聖霊によるものである」。
 15世紀以前の絵画では、ヨゼフは外典で描かれたように、しかめっ面や浮かぬ顔をし出産に慌てふためく、ピエロのような男として描かれました。しかし、ルネッサンス時代になると、ヨゼフは名誉を回復し復活を果たします。ラファエッロやミケランジェロによって描かれたヨゼフは、それまでとはうって変わって、たくましく頼もしい姿で登場します。さらに17世紀のバロック時代になると、ヨセフをめぐる図像は、華々しい発展を見せることになります。神聖な聖家族像の誕生です。そこでは「父を中心に、いかに家族が堅い信頼と深い愛情で結ばれているかが示される」のです。 
 こうして絵画に表現されたヨゼフ像の変遷は、キリスト教会における教義の変化を反映しており、その教義の変化は、ヨーロッパの社会的・経済的・歴史的な変革と、軌を一にしていることが、解明されます。
 前作『マグダラのマリア』同様、大変面白くエキサイティングな読書をすることができました。ヨーロッパに行き、聖堂や美術館などでルネッサンスとバロックの絵画を観賞するものにとっては、必読の書となるでしょう。

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