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2007年5月 3日 (木)

憲法記念日

 高崎の群馬音楽センターで、自由法曹団等主催による憲法記念日の集会があり、参加してきました。お目当ては、岩波の『世界』誌上で「中高生のための憲法教室」を連載されている伊藤真さんの講演です。難しい憲法の話を、大変分かりやすく解説されるので、以前から愛読してきた方です。
  会場には多くの人たちがつめかけ、2,000近くある座席の8割方は埋まっていました。連休のせいか、小・中学生の子供連れも、結構来ていました。圧倒的に多いのはシニア層で、高校生や大学生は少ないようです。労働組合やその他団体の、強い動員があったようには見えないのですが、こうした地味な集会としては、大盛況だったといえます。

 講演とそのレジュメから、印象に残った2つの論点を、書いておきます。
 その1.憲法と法律の違いについて。
 法律とは、国民の間の利益と利益の衝突を調整するもの。法律の正当性は、法律が国民の多数派の意志に従って利益衝突を調整しているから。では、国民の多数派に従ったからといって常に「正しい」といえるのか。国民の多数意見に従っていても過ちを犯す危険がある。多数決も絶対ではない。
 多数決で決めることは必要である(民主主義の考え)。しかし、そのときどきの多数決で奪ってはならない価値→人権。そのときどきの多数決でもやってはいけないこと→戦争。これらを明文化したのが憲法である。憲法とは国家権力を制限し、人権を保障するものである(立憲主義の考え)。
  現代の憲法は、多数派、強者に歯止めをかけて、少数者、弱者を守るためのもの。多数者、強者には、イマジネーションが不可欠。多数派から少数者への想像力、多数派と少数派は交代可能性があることの想像力、人間には強者と弱者の2面性があることの想像力。
  国民には、憲法を守る義務はない。憲法を尊重し擁護する義務があるのは誰か。天皇・摂政・国務大臣・国会議員・裁判官その他の公務員。(第99条)
 その2.個人の尊重(個人の尊厳)
  日本国憲法で最も大切な原則は何か。「すべて国民は個人として尊重される」(第13条)。個人の尊重とは。①「人はみな同じ」―人間として生きる価値がある点でみな同じ。個人のための国家であり、国家のための個人ではない。②「人はみな違う」―個として尊重。人と違うことはすばらしい。自分の幸せは自分で定義しょう。幸福追求権。自己決定権。多様性を受け入れて皆と共生する社会。
  個人の尊重が人権保障の核となり、その人権保障のために統治機構がある。人権が目的で、統治(国家)は手段。
   そして、平和的生存権。平和を単なる国家の政策ではなく、私たちが主張できる人権として規定した。「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」(前文第2項)。

 第9条の積極的非暴力平和主義についても、詳しく語られました。また、昨年発表された自民党の新憲法草案と現憲法との詳細な比較検討もなされました。いずれも極めて重要な論点ばかりですが、ここでは触れません。伊藤さんの講演は、語り口はソフトながら歯切れはよく、論点整理はシャープで分かりいいものでした。「日本国憲法を守っていきましょう。そのために、ひとりでも多くの人々に、日本国憲法の持っている意義を、正しく伝えていきましょう」とのメッセージを、聴講者のひとりとして重く引き受けて、帰ってきました。 

 
 
 

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