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2007年6月30日 (土)

パルマ美術展

 上野公園・国立西洋美術館で『パルマ-イタリア、もう一つの都』を観てきました。
 16・17世紀、イタリア北中部のパルマで活躍した画家たちの作品を紹介した展覧会です。15,16世紀にフィレンツェ、ヴェネツィア、ローマで大きく花開いたルネサンスは、ここパルマの画家たちにも、決定的な影響を与えました。しかしパルマの画家たちは、ルネサンス絵画の自然・調和・明快・古典といったコンセプトとは違った、独自の画風を追求しました。曲がりくねったり引き伸ばされたりした人体表現を特徴とするマニエリスムといわれる潮流です。今回のパルマ展では、主にこのマニエリスムの画家たちの作品が、展示されています。このマニエリスムは、17、18世紀にヨーロッパ各地を席巻するバロック絵画に、深く影響を与えたとされてします。
  印象に残った作品を2点、紹介します。

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2007年6月24日 (日)

映画『ピエロの赤い鼻』

  ドイツ軍占領下のとあるフランスの村。独軍キャンプの敷地にある大きな穴の中には、4人の村の男たちが捕虜となっています。鉄道施設爆破の犯人の身代わりに、4人の村人が捕らえられているのです。犯人が自首してこなければ、明日、男たちは銃殺されます。冷たい雨は男たちを濡らし、その顔も手も足も、どろどろの粘土で、汚れ切っています。死への恐怖と不安が、4人を襲います。そして、醜い仲違いが、始まります。
 ひとりのドイツ兵が、穴のうえに現われました。すると、穴まわりを歩きながら、何やら奇妙なことを始めました。おかしなの仕草です。最初、信じられない面持ちだった男たちは、ドイツ兵のピエロに、大笑いです。再びやってきたドイツ兵は、パンや果物を投げ入れます。パリの小屋でピエロを演じていたことを告白します。死の恐怖とユーモア。
 犯人は現われませんでした。4人の銃殺が決まります。ドイツ人将校が、兵士たちに穴の底の男たちの銃殺を命じます。一人の兵士が、それを拒否しました。銃を足下に投げ出し、ひょいと赤い鼻をつけて将校に向かい、にこりと笑った瞬間、ピストルで射殺されました。ピエロの赤い鼻が、穴の中に転がり落ちます。

 DVDで、ジャン・ベッケル監督作品『ピエロの赤い鼻』をみました。上記場面は、この映画の、もっとも恐ろしくそしてもっともユーモラスなシーンです。「笑いは最強の武器だ」という画面最初の言葉は、この映画を見終わった今も、心に深く残っています。私にとって、大切な映画が、一つ増えました。

2007年6月23日 (土)

1960年代

   私の1960年代は、中学2年から大学を卒業するまでの10年間でした。ただ私の60年代は、「昭和35年中学2年、昭和45年大学卒業」と元号で記憶されています。東京オリンピックも舟木和夫の「高校三年生」も、昭和です。しかし、「60年安保」は1960年となり、ヴェトナム戦争・日韓基本条約・文化大革命そして大学闘争は、まさに60年代として、西暦で記憶されいる。この記憶の腑分けを、器用だと自慢するのか不合理で普遍性に欠けると批判するかは、人それぞれでしょう。ただいえることは、歴史を記憶し続けるには不都合であり、忘却するにはこの上なく便利です。
  ここに、歴史を記憶することにこだわり続ける、ひとりのフランス文学者がいます。鈴木道彦さん。彼は、60年代から70年代にかけて、在日朝鮮人の人権運動に深くコミットし、この運動の中で日本人の民族としての責任を模索するとともに、それを越える相互関係の可能性を目指してきました。この運動と思索の回想記が刊行されました。鈴木道彦著『越境のとき 1960年代と在日』(集英社新書07.4.22刊)。「本書は、日本人と在日朝鮮人との境界線を、他者への共感を手掛かりに踏み越えようとした記録であり、知られざる60年代像を浮き彫りにした歴史的証言」(表紙カバー裏の紹介文より)です。鈴木道彦さんは、プルースト『失われた時を求めて』の個人全訳で著名なフランス文学者です。私の書棚には、鈴木・他共訳のフランツ・ファノン『地に呪われたる者』がありました。

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2007年6月17日 (日)

明治維新と靖国神社

 小島毅著『靖国史観―幕末維新という深淵』(ちくま新書07.04.10)を読みました。
 本書は、靖国神社の創設の経緯を、歴史的・思想的に丁寧にたどっていき、今日の靖国問題の根源に迫ろうとした挑戦的な試みです。靖国神社は「勤皇の志士たちを顕彰・慰撫するために創建されたのだ」との表現は穏健ですが「徳川政権に対する反体制テロリストたちを祭るために始まった施設なのだ」というと、同じ内容を指していても、過激で挑発的です。著者のいうとおり、本書は、靖国問題理解のための「檄文」なのです。「第1章国体」「第2章英霊」「第3章維新」と目次を読みますと、はてはてどのような内容なのかな、と一歩身を引いてしまいそうです。
  「古来ゆかしい」宮中儀礼や日本の伝統、あるいは一世一元の慣行などは、朱子学の影響を強く受けた明治以降のものであることが看破され、「美しい日本」のうすっぺらさを改めて感じました。
  表紙裏の著者紹介には、専攻は儒教史、東アジアの王権理論とあります。そして「近代史をラディカルに問いなおす気鋭の歴史学者として脚光を浴びている」と紹介しています。

2007年6月16日 (土)

P1040535  梅雨の中休み、快晴に恵まれ、家の周囲を歩いてみました。
   隣家の農家茶屋の主人が、麦刈りを始めました。昨年の11月に種蒔きをした小麦が、完熟して濃い黄土色を呈し、刈り取り期を迎えたのです。農家茶屋では、この小麦をつかって手打ちうどんを作り、予約制の自店でお客に振舞ったり、町の農産物直売所で販売します。そして小麦の後作には蕎麦が入り、秋には、手打ち蕎麦がメニューに加わります。いまから新蕎麦に舌鼓を打つすがたを想像します。

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2007年6月10日 (日)

加藤哲郎著『情報戦の時代』を読む

  加藤哲郎さんは、ネットを通して知った名前です。個人ホームページ『ネチズンカレッジ』の主宰者としてです。毎月1日と15日の2回更新され続けているHPで、戦争と平和、世界と日本の政治・経済、近現代の歴史等の広範囲な分野を対象とし、100万件近いアクセス数を得ている、政治学の分野としては最も著名で有力なポータルサイトのひとつです。私にとっても、大切な政治的ナビゲーターのひとつです。
  この『ネチズンカレッジ』の冒頭には、戦争は一人、せいぜい少数の人間がボタン一つ押すことで一瞬にして起せる。平和は無数の人間の辛抱強い努力なしには建設できない。このことにこそ、平和の道徳的優越性がある」という丸山真男の言葉が引用されており、主宰者加藤哲郎さんの思想とこのHPにかける情熱を窺い知ることが出来ます。
 既に『ネチズンカレッジ』に発表された諸論文を収めたものが、本書『情報戦の時代―インターネットと劇場政治』(07.5花伝社刊)です。帯には、本書のテーマが簡潔に紹介されています。「インターネットは21世紀の政治にどのような可能性を切り開いたか?」。

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2007年6月 5日 (火)

忘れ物

  先週の木曜日、帰りの電車で読書中、辞書を引こうとして鞄のなかの電子辞書を探したのですが、ありません。朝の通勤途上、新幹線で使った記憶がありましたので、職場に忘れたのかなと電話で確認したところ、机の上にも引き出しの中にもないとのこと。新幹線の中に忘れてしまったようです。この電子辞書は、前の職場で退職記念にいただいたもので、新幹線読書が常態の私にとっては、無くてはならない必需品だったものです。新たに買えば、2,3万円はするはず。困りました。

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2007年6月 3日 (日)

無線ラン接続奮戦記

 昨秋、私用のパソコンを、Windows98を搭載した富士通からWindowsXPのDellへ買い替えました。W.98の富士通は、99年から7年間愛用してきたのですが、次のような事情が重なり愛想を尽かしたのです。
 2年前の旅行を切っ掛けにデジカメを本格的に使うようになり、アルバムもプリントアウトを一切止めて、すべて電子化するようにしました。するとその頃から、パソコンの動きは遅くなり、繰り返し凍結してにっちもさっちも行かないことが、度重なりました。すこしパソコンを軽くしてやろうと、不要なソフトウェアーの削除をしたところ、間違って筆グルメもカット、住所録を同時に消してしまいました。しかも、パソコンはいっこうに改善されません。そこで、メモリーを増設し、外付けのハードディスクとUSB2.0を付けたうえで、W.98の再インストゥールに挑戦しました。3万円ほどの投資です。すると今度は、文字化け、エッチメールのラッシュ、フォント機能の麻痺(文字種類が一種類のみ)等、リニューアル前よりもひどい状態となりました。W.98の更新もできなくなりました。万事休す。そこで、買い替えを決断しました。Windows XP搭載のDellを買いました。

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