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2007年6月10日 (日)

加藤哲郎著『情報戦の時代』を読む

  加藤哲郎さんは、ネットを通して知った名前です。個人ホームページ『ネチズンカレッジ』の主宰者としてです。毎月1日と15日の2回更新され続けているHPで、戦争と平和、世界と日本の政治・経済、近現代の歴史等の広範囲な分野を対象とし、100万件近いアクセス数を得ている、政治学の分野としては最も著名で有力なポータルサイトのひとつです。私にとっても、大切な政治的ナビゲーターのひとつです。
  この『ネチズンカレッジ』の冒頭には、戦争は一人、せいぜい少数の人間がボタン一つ押すことで一瞬にして起せる。平和は無数の人間の辛抱強い努力なしには建設できない。このことにこそ、平和の道徳的優越性がある」という丸山真男の言葉が引用されており、主宰者加藤哲郎さんの思想とこのHPにかける情熱を窺い知ることが出来ます。
 既に『ネチズンカレッジ』に発表された諸論文を収めたものが、本書『情報戦の時代―インターネットと劇場政治』(07.5花伝社刊)です。帯には、本書のテーマが簡潔に紹介されています。「インターネットは21世紀の政治にどのような可能性を切り開いたか?」。

 新しい知見と語彙、そして印象的だったところを、備忘録として引用しておきます。

 インフォアーツとは?
 
ベーシック言語・OSなどの技術的仕組みやキーボードの打ち方、ネットサーフィンの仕方などの技術教育であるインフォテク(インフォメーション・テクニック)に対比して、マナーやルール、哲学や倫理を教える情報の一般教養としてのインフォアーツ。著者は言います。「『リベラルアーツ』が、近代的個人・市民として自立的に思考し行動するのに必要とされた情操教育、教養教育だったとすれば、『インフォアーツ』は、現代のネットワーク時代に対応できる基礎的な知恵と技を教えることである」。そのために必要なこととして、次の8項目を挙げます。
 第1 メディア・リテラシー(メディアの文字が読める)。読解力。
 第2 情報調査能力。検索エンジン・ポータルサイト・リンク集の活用と情報の読み分け。
 第3 コミュニケーション能力。心に届く・楽しむ・相互に学びあう・ネチケット(ルール)。
 第4 市民的能動性。ネットでの市民的公共性の担い手としての
ネチズン(ネットワーク・シチズン=インターネット上で市民として情報を集め、相互に交信し活動する人々)。
 第5 情報システムの駆使能力。
 第6 セキュリティ能力。
 第7 異文化理解・コミュニケーション能力。言語の壁を越える。
 第8 国際ネットワーク組織能力。

 インターネット・デモクラシー
 
「2001年9月11日の同時多発ハイジャック・テロと、それに対するアメリカのアフガニスタンへの報復戦争は、インターネットが、政治の世界に強固にビルトインされたことを、如実に示した。デモクラシーを発展させる方向にも、撹乱・阻害する方向にも、二重に作用する両義的な意味で」。
 「インターネット上では、『テロにも戦争にも反対』する草の根ネットワークが・・・グローバルに形成され、21世紀の日本政治のあり方を変える可能性を孕む、大きな発展を示した」。

 「100人の地球村」への共感
 著者は、グローバリゼーションの時代の情報の流れの典型として、また、9.11テロ後のネットロア(インターネット上のフォークロア)が駆け巡った事例として、「100人の地球村」について、極めて好意的に、繰り返し言及しています。

  も
し、現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで、全世界を100人の村に縮小するとどうなるでしょう。その村には──
 57人のアジア人  21人のヨーロッパ人
  14人の南北アメリカ人  8人のアフリカ人がいます
 52人が女性です 48人が男性です
 70人が有色人種で  30人が白人
 70人がキリスト教以外の人で  30人がキリスト教
 89人が異性愛者で  11人が同性愛者

   6人が全世界の富の59%を所有し、その6人ともがアメリカ国籍
 80人は標準以下の居住環境に住み
  70人は文字が読めません
  50人は栄養失調に苦しみ 1人が瀕死の状態にあり

    1人はいま、生まれようとしています
   1人は(そうたった1人)は大学の教育を受け

  そしてたった1人だけがコンピューターを所有しています

 「100人の地球村」が、インターネットで日本国内にあっという間に広がっていく様子が、大変印象的です。順を追って記しておきます。
1.原作者は、『成長の限界』(ローマクラブ)の執筆者メドウズ夫人。
2.1992年ブラジル地球環境サミットにあるNGOがポスターに使用。
3.世界銀行に勤務する日本人女性が日本語訳、2001年春、インターネット上に発表。
4.環境NGO間で流通。
5.01年9月24日、倉敷市の先生が自分たちのメーリングリストに流す。
6.同年9月25日、市原市の中学の先生がこれを見て、「学級通信」というメーリングリストに載せた。
7.この通信を見た父兄のひとり、市原市の酒屋さんが、全国の酒屋さんのメーリングリストに転載。
8.全国の酒屋組合のネットで、さらに広がる。日本全国のネット上に、文字通り網の目状に拡大。

 この詩の持っている説得力あるすばらしさはもとより、名もなき草の根のネットで、日本国中に瞬く間に広がっていく様子は、見事というほかありません。逆の情報が、同じように日本国中に駆け巡ることも、また真実なのでしょう。私たちは、そういう時代に生きているということです。
 本書では、多くのネチズンたちの活躍ぶりも紹介されており、積極的に「お気に入り」に登録し、今後のネットライフが一層豊かになっていくことを、予感します。

 世界社会フォーラム(World Social Forum=WSF)
 著者は「19世紀の戦争は武力と兵士を主体とした機動戦、街頭戦だった。20世紀の戦争は、経済力と国民動員を柱にした陣地戦、組織戦だった。21世紀の戦争は、メディアと言説を駆使して、グローバルな世界で正統性を競い合う情報戦、言説戦になる」と主張します。そして、このグローバルな情報戦を見通すには、毎年1月末に開かれる、世界のエリートたちによる世界経済フォーラム(WEF=ダボス会議)と民衆代表たちの世界社会フォーラムを定点観測することを提案します。
 「資本の側の世界経済フォーラム・・・は、毎年1月末、スイスのリゾート地ダボスに、世界の多国籍企業経営者・先進国政治家・著名エコノミストらが集まって、グローバルな政治経済について討議」しています。例年日本のマスコミも注目しています。これに対して、「世界社会フォーラムは・・・地球の反対側のブラジル・ポルトアレグレ市で第1回創立会議が開催」されました。「多国籍企業主導のグロバリゼーションのもたらす問題を、民衆の立場から考える、世界のNGO・社会運動のグローバルなネットワーク」です。「もうひとつの世界は可能だ」を合言葉に、「イラク侵攻に反対する反戦平和運動でも、中心的な役割を果たし」ました。しかし、『しんぶん赤旗』を除く日本のマスコミは、毎年ほとんど無視するか、小さな記事扱いとなるかです。でも心配はありません。「日本のウェブサイトでは、『ヤパーナ社会フォーラム』に膨大なリンク集があり、『ATTACK JAPAN』『レイバーネット』・・・『学びと環境のひろば』などが、系統的に『世界社会フォーラム』を紹介して」います。

 先にも言いました、まさにそういう時代に私たちは生きているのです。政治とインターネットの関係を考えたとき、間近に迫った参院選挙において、各党・各候補者・多くの運動体が、どのようにネットを使いこなしながら、選挙運動を進めていくかは、注目されるところです。

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