歴史と向き合うこと
昨日7月7日は、本格的な日中戦争のきっかけとなつた盧溝橋事件の、70周年の記念日でした。この事件は、1937年7月7日夜、北京郊外の盧溝橋の近くで演習をしていた日本軍が、何者かによって銃撃を受けたとして中国軍を攻撃したもの。日本軍は、この盧溝橋事件を切っ掛けに、中国各地に軍を進め、全面的な日中戦争へと突入しました。
この日は、侵略した側の日本では、政府の行事としても民間のものとしても、一部の例外を除けばほとんど記念行事は行われていません。しかし、侵略された側の中国では、「7.7事変」と呼んで国の重要な記念日となっています。
昨日の新聞各社の朝刊の社説を、ネットで検索してみました。盧溝橋事件を正面から取り上げていたのは、朝日・東京(中日)・赤旗の3紙でした。
朝日(盧溝橋事件70年―もう一歩、踏み出す勇気を)は、今年が南京事件70年でもあり、歴史と向き合わざるをえない年だとして、両国民の感情と怒りがぶつかり合う年としないためにも、「首相の南京訪問を」と提案しています。東京(『盧溝橋』70年 『歴史』のとげ克服を)は、「日本側は歴史を直視し、中国は歴史を政治問題化しない思慮深い態度こそ、日中戦争以来の禍根を乗り越えることにつながる」と主張しました。しんぶん赤旗(盧溝橋事件70年 侵略の責任に向き合ってこそ)は、「侵略と植民地支配の正当化をやめ、侵略の責任と反省を明確に表明すべき」だとしています。
読売・毎日・サンケイの各社社説は、07年防衛白書を取り上げ、中国の防衛力増強に注意を促しています。
この2ヶ月ほどの間に、歴史認識に関する極めて重要な問題が、集中的に起こりました。アメリカ下院外交委員会は、6月26日、従軍慰安婦問題に関する決議案(一部修正)を、賛成39、反対2の大差で可決しました。 朝日新聞によると、民主党のペロシ下院議長は、「下院がこの決議案を採択し、慰安婦が受けた恐怖を我々は忘れないという強いメッセージを送ることを期待している」との声明を発表。7月にも本会議が開かれ、決議案が採択される可能性が強まった、ということです。また、沖縄戦での住民の集団自決が、日本軍の強制によって起こったとする記述が、教科書検定で削除された問題に対して、沖縄県議会と県内41市町村すべての議会が、検定意見の撤回と記述の速やかな回復を求める意見書を可決し、7月4日、「県民の総意」として県副知事が上京し、文部科学省に要請しました。
従軍慰安婦問題も沖縄戦住民集団自決も、ともに日本軍による強制性が争点として問題提起され、安部首相率いる政府は、その強制性を否定しました。誠実に歴史と向き合うことを、拒否したのです。当然のごとく、国の内外から、激しい怒りと批判が寄せられました。アメリカと沖縄の議会からの、誠実で真摯なメッセージです。こころして耳を傾けるべきだと思います。
「歴史と向き合う」ことを考えるとき、いつも念頭に浮かぶのは、ドイツのヴァイツゼッカー大統領(当時)のドイツ敗戦40周年にあたっての連邦議会で行った演説です。世界各地で、深い感動を巻き起こました。また、『荒れ野の40年』(岩波ブックレットNo.55 1986年刊)として日本語にも翻訳され、希望とともに静かながらも深く強い自省の気持ちを、多くの日本人にもたらしました。もっとも感銘をうけたところを引用します。
罪の有無、老幼いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けねばなりません。全員が過去からの帰結に関わり合っており、過去に対する責任を負わされているのであります。
心に刻み続けることがなぜかくも重要であるかを理解するため、老幼互いに助け合わねばなりません。また助け合えるのであります。
問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけはありません。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし過去に眼を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。(『荒れ野の40年』より)
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