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2007年9月30日 (日)

お葬式

 隣家の78歳になる奥さんが亡くなられ、お葬式がありました。木曜日の昼過ぎ、家内から職場に電話があり、その夜に通夜、翌日葬儀ということで、出張の予定を取り止めて帰宅しました。隣保班の風習で、通夜・葬儀の2日間、各戸から2人づつ手伝いに出ることになっています。ただ、道路清掃のように出なかったときのペナルティーはなく、1人出るだけでも問題はありません。
 当地に住んで18年間に6度の葬儀を経験しました。前半の3回は、自宅での葬儀で、昔からの習俗の色濃いものでした。そして、ここ3回はホール葬となり、葬儀様式はガラッと変わり隣り組の役割も大幅に減りました。

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2007年9月28日 (金)

渡辺崋山に誘われて

  先週の日曜日、渥美半島にある田原市に、渡辺崋山ゆかりの地である田原城跡と池ノ原幽居跡を訪ねました。前者は崋山が家老職を勤めた田原藩の城跡であり、そして後者は崋山蟄居の地です。勿論、先日読み終えたドナルド・キーン著『渡辺崋山』に誘われての旅です。
 豊橋駅で新幹線から豊橋鉄道渥美線に乗り換え、三河田原へ向かいました。愛知県には名古屋に2年住みましたが、渥美半島に足を伸ばすのは今回が初めてです。車窓から見える鮮やかな赤レンガ色の畑は珍しく、路地キャベツが豊かに育っていました。鉄道終点の三河田原で下車、15分ほど歩いたところに田原城跡がありました。

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2007年9月23日 (日)

猛暑の秋か?

 夏が終わりません。お彼岸に入っても30度を越し、夜も寝苦しい。
 今朝8時すぎ、庭の生垣の剪定をしていたのですが、1時間もたたないうちに具合が悪くなって、途中で放り投げてしまいました。強烈な直射日光に当てられてグラッとし、熱射病じゃないかと心配しました。家内からスポーツドリンクを与えられ、しばらく横になっていました。
 といっても自然と農業は、着々と秋真っ盛りに接近しつつあります。

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2007年9月22日 (土)

平山郁夫 祈りの旅路

 東京国立近代美術館で開かれている『平山郁夫 祈りの旅路』展を観てきました。
 この展覧会は、平山郁夫77歳の喜寿を記念し、「画業60年をたどる大回顧展」として開催されたもの。代表作約80点が一堂に展示され、至福のひと時を過ごすことができました。第1章仏陀への憧憬、第2章玄奘三蔵の道と仏教東漸、第3章シルクロード、第4章平和への祈り、と展示は4章に編成され、平山氏の画業を振り返っています。
 シルクロードを描いた作品が、好きです。黄土色の砂漠や峻険な高原を旅するラクダの隊商、オアシスの市場に集まった多様な顔の人々、そして楼蘭や長安の遺跡。2,3千年にわたる古い歴史への想像力を喚起してくれます。第4章平和への祈りは、被爆者平山郁夫の60年の画業がその底流に、原爆で死んでいった人々、世界のいたるところの戦争で死んだ人々への鎮魂と祈りがあることを、説得力をもって示してくれました。
 

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2007年9月17日 (月)

幕末の画家『渡辺崋山』

 ドナルド・キーン著『渡辺崋山』(新潮社07.3.20刊)を読みました。
 渡辺崋山は、江戸時代後期の田原藩士であり儒学を修めた思想家であり、そして幕末期を代表する画家でした。長崎・出島のオランダ商館という、針の穴のようなチャネルを通して入ってくるヨーロッパの学問や芸術を貪るように学び、当代一の開明派と目されるようになります。まずヨーロッパの絵画の手法、遠近法や写実主義を学び、特に肖像画において比類のない画期的な作品を残しました。一方、蘭学を学ぶなかで、ヨーロッパ列強の日本への野心を知り、沿岸防備についての高い見識を持つに至りました。これは、田原藩家老としての崋山の任務でもありました。
 幕末の混乱期、蘭学への弾圧が厳しくなり、崋山は逮捕され田原蟄居を命ぜられます。そして、蟄居中に絵を描き売買したことが露見し、藩主に責めが及ぶこと危惧して、自刃しました。本書は「明治維新という一大革命の前夜、その文化状況の危機を象徴するかのような崋山の生涯・・・を、等身大に活写」(表紙帯から引用)しています。

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2007年9月15日 (土)

マイケル・ムーアの“SICKO”

  M・ムーア監督作品『シッコ』を観ました。
 冒頭、深く裂けた左膝の傷を自ら縫っている男性が登場します。思わず目を背けたくなるようなシーンです。また、仕事中の事故で2本の指を切断された大工が出てきます。医者は尋ねます。「中指の接合には6万ドル、薬指は1.2万ドル。どっちにしますか?」。大工は安い方を選びました。治癒後の手には、中指が欠けています。これらは、健康保険を持っていない人々の話です。「アメリカでは健康保険を持っていない国民が5000万人います」と字幕が流れます。が、「この映画はこのひとのものではありません」と続いたので、一瞬、おやっと思いました。

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2007年9月12日 (水)

母94歳と同居へ、よーいドン !

  お袋を我が家に迎え、1ヶ月余り経ちました。いっときの滞在の予定だったのが、どうやら長期(というより今後ずっと)となる模様です。こっちかあっちかと当初揺れ動いていた気持ちも、ここ数日は「ここにしょうかな」と固まってきたようです。我が家が、お袋の「終(つい)の棲家」として選ばれる栄誉に浴したようです。祝歓迎。
 1913年(大2)12月19日生まれの丑年。ことしの誕生日で94歳になります。
 「みんな私の歯」というのが、大の自慢です。だから、草加煎餅が大好きです。バリバリバリと大きな音を立てて、あの硬い煎餅を噛み砕いてしまいます。また、掛かりつけのお医者さんからは、どこも悪いところは無いですよ、と太鼓判を押されて、これがまた自慢の種。ただ、難聴です。右耳はまったく聴こえませんが、左耳に補聴器をつけて、日常のコミュニケーションを保っています。そして、腰が極端に曲がり脚も弱ってきているため、歩くことが難しくなりつつあります。が、本人は車椅子の世話にはならないと、あくまでも強気です。この気の強さと難聴が重なると、外出時、たとえばレストランなどの会話は、要注意です。人のうわさ話や身内話を、部屋中轟き渡る大声で話すものですから。
 

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2007年9月 9日 (日)

台風9号

 台風9号の直撃をうけ、私の住む吉井町はじめ群馬県西部の各所で、被害が出ました。
 私は出張のため、台風襲来日の前後3日間は家を留守にしていたのですが、9日の深夜から10日未明にかけて、台風被害を伝えるテレビの映像に地元の様子が繰り返し放映され、また家内からも電話で様子を聴き、落ち着いて眠れない夜を過ごしました。幼児のころ、京都の町がジェーン台風に襲われたとき、柱の細い古い官舎から頑丈な馬小屋に避難したとき以来の、妙にリアルな台風体験でした。

 8日(土)の朝日新聞朝刊によれば、近所の台風被害は、次の通りです。

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2007年9月 1日 (土)

映画『ツォツィ』

 ギャヴィン・フッド監督作品『ツォツィ』を観ました。
 高層ビルが林立する大都会と無毛の原野とのあいだに、貧しい人々の住むスラム街が広がっています。この街は、人々の暮らしの場であると同時に、暴力と犯罪の渦巻く場でした。主人公ツォツィは、こうした街に住むチンピラ仲間のボスです。子分は3人。インテリ崩れの年長の男、切れやすくカミソリのような若造、そして人のよさそうな肥満の男。
 4人は地下鉄の中で、恰幅のいい黒人男性を襲い、財布を奪います。声を出しそうになった男性を、仲間の一人が、アイスピックで刺し殺します。スラムへ戻り、はじめての殺人に、仲間は動揺します。「品位という言葉を知っているか?お前の本当の名前は何だ?お前は捨て犬か?」暴力を嫌うインテリ崩れから執拗になじられたツォツィは、男を殴りつけ、血まみれにします。
 郊外にある豪邸の前に立つツォツィ。裕福な黒人女性の乗るBMWをカージャックします。奪われた車に追いすがる女性を、ピストルで撃つ抜きます。運転のできないツォツィは、逃走途中で道路標識に衝突し車を止めました。車中のものを紙袋に入れて車から離れようとした時、赤ん坊の泣き声に気づきました。そのまま立ち去ろうとしながら、瞬時ためらい、車に戻って赤ん坊を抱き上げ、紙袋に入れて連れ帰りました。

 こうした展開の前半は、主人公の顔の表情は終始、すさんで険しく、暴力と犯罪の連続に、目を背けたくなります。チンピラたちに、激しい嫌悪感をすら抱きました。絶望感ばかりが強調される映像に、いささかウンザリもしました。 

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