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月刊誌「世界」10,11月号に掲載されたシリン・ネザマフィ著『サラム』は、第4回留学生文学賞の受賞作です。著者シリン・ネザマフィは、神戸大学で学んだイラン出身の女性留学生です。同賞紹介記事によれば、現在日本で学ぶ留学生は12万人近くになり、この作品は、応募の13カ国100作品の中から選ばれました。
物語は、アフガン難民の少女レイラの難民認定の運動が主なテーマとなりますが、その中で彼女の辿ってきた過酷な運命が語られ、今後彼女を待ち受けている絶望的な未来が暗示されます。レイラの他、難民認定に奔走する日本人弁護士田中先生とアルバイトで通訳を引き受けたイラン人留学生「私」が、主な登場人物。
熊谷達也著『邂逅の森』(04.1 文芸春秋刊、文春文庫)を読みました。東北ものの一冊として書店で手にいれ、仕事帰りの新幹線で読み始めたのですが、たちまちマタギの世界に引き込まれ、高崎駅に着いた後も駅待合室で読み続けることになりました。学生時代に読んだ柳田國男の『山の人生』で、都市や農村に住む人々のカテゴリーでは括り切れない人々の存在を初めて知り、軽いショックのようなものを感じたことを思い出しますが、『邂逅の森』との出会いは、そのとき以上の興奮をもたらしました。
冬の峻険な山岳や森のなかを、熊やカモシカを追って勇躍するマタギたちの姿が鮮やかに描かれ、私たち読者は、雪深い東北の山中に誘(いざな)われます。マタギたちの山は、人と熊との関係のなかで、あくまでも神聖な山の神の支配する世界です。他方、人里に下りたマタギたちを待ち受けているのは、貧しい生活と愛欲と物欲が渦巻く人の支配する世界です。小説『邂逅の森』は、聖なる山と俗なる人里の二つの世界が織りなす、山の民の壮大な叙事詩です。
左に折れて次の部屋に入りました。明かりを落とした広い部屋に、たった1枚の小さな絵が、スポットライトを浴びて壁に架かっていました。すでに多くの人が、声もなく静かにその絵に見入っています。「あっ、これだ!」と、昔の恋人に再会したような軽いときめきを覚え、その絵にゆっくりと近づいていきました。数年前、家内が旅行から持ち帰ったポスターを額に入れ、書斎の壁に架けて日に一度は眺めてきた絵です。丁度、レコードやCDで若い頃から聴き慣れた音楽を、初めてライブで聴いた時のような、軽い興奮を覚えました。(国立新美術館 フェルメール「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展より)