秋の尾瀬ヶ原
2年ぶりに秋の尾瀬ヶ原を歩きました。朝8時現在、天気は快晴、気温8℃(戸倉)。厚手の長袖シャツのうえに薄いジャンパーを着ていたのですが、少し寒いのでセーターを着ました。1人だけの尾瀬行は、今日が初めてです。
鳩待峠から見上げた高い空には薄雲が静かに流れ、空気はひゃっとして気持ちよく、今日の尾瀬ヶ原散策を祝福してくれているようです。
鳩待峠から山の鼻へ向かう木道を下っていたとき、昨夜の雨で濡れた漆黒の木の実を見つけました。珊瑚のようなピンクの枝先に、天に向かって十数個の実が生(な)っていました。ミズキ(水木)の実です。ミズキは樹液が多く、春先に枝を折ると水が滴ることから水木と呼ばれます(牧野図鑑から)。
淡いピンクの果皮から鮮やかな朱色の種子が飛出さんばかりです。山の鼻周辺にかなり広範囲にわたって分布していました。花が皆無のなか、ただひとつ、色香を放っています。マユミ(真弓)。夏来たときには、こんなに多くあるとは気がつきませんでした。昔この材で弓を作ったとのこと。
山の鼻でマユミの隣に、透きとおったような赤色の実がありました。ガイドの方に聞いたら、カンボク(肝木)だということでした。帰って図鑑を見て、夏、ガクアジサイに似た花が咲いていたのを思い出しました。夏の花と秋の実が、結びつきません。
山の鼻から20分ほど歩いたところで振り返り、至仏山を仰ぎ見ました。山頂の雲が徐々に流されていき、ほぼ山の全容を見せてくれました。鳩待峠でも山の鼻でも、登山客の少なさに、少々驚きました。
しばらく歩くと、また雲がかかってきました。池塘を通して見た至仏山も、きれいでした。草も赤く枯れ上がっています。尾瀬ヶ原の紅葉は、カエデ類やドウダンツツジの紅葉のように、「錦絵のごとく」というのとは違って、ひろびろとした湿原一帯を染め上げる草紅葉の魅力です。ブナ・ミズナラ・シラカンバなどは、黄褐色から茶褐色に黄葉しますので、艶(あで)やかさよりも、秋の静寂さを演出してくれます。
池塘では、ヒツジクサが紅葉のグラデーションを描いていました。牛首の休憩所で、オカリナを演奏している男性がいました。その隣りでは、同世代の男性が、風景をスケッチしていました。70歳前後だと思います。ほっとするような長閑(のどか)で豊かな景色でした。そこにやってきた4,5人の50くらいの女性パーティー、「あら素敵。私たちも歌いましょうよ」といって、「夏の思い出」をリクエストし、合唱し始めました。興ざめて早々に逃げ出しました。
燧ヶ岳も、雲を追い払い、堂々たる雄姿を見せ始めました。尾瀬仲間から、燧ヶ岳登山を再三誘われますが、自分の体力と気力に自信がないため、断り続けています。しかし、今日の燧(ひうち)は、私を誘いだそうと盛んにセックス・アッピールします。至仏山とは違った魅力ある山容を見せつけています。
いつもどおりヨッピの釣り橋でおにぎりを食べ、竜宮小屋へ向かいました。途中、10分か20分の間、誰とも会わない時間がありました。シラカンバの背に、秋雲が漂っています。昼近くなって、周辺の山にはガスが出はじめ、風もやや強くなってきました。風の音が聞こえます。笹が風によってこすれ合ってでる音は、せせらぎの音のようです。遠くの森から、啄木鳥(きつつき)が枯れ木をたたく音がします。ちょっと前には、トンビが空高く鳴いていました。こんな贅沢を、一時ひとりで独占しました。
竜宮十字路から山の鼻へ向かい、帰り道につきました。後ろを振り向くと、燧ヶ岳の裾野は厚い雲が覆っていました。頂上だけをのぞかせています。
最後はどうしても、このスポットになります。後方は、暗くなってきました。燧ヶ岳はすっかり姿を消してしまいました。一瞬陽が射し、シラカンバは輝きました。
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