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2007年11月16日 (金)

『天使と悪魔』

  ダン・ブラウン著『天使と悪魔(上・中・下)』(2000刊、角川文庫06年刊)を読みました。教会と科学との熾烈な戦いの歴史をテーマにしたサスペンス小説です。世界的なベストセラーとなった『ダ・ヴィンチ・コード』(03刊)の著者ダン・ブラウンの前作で、両書共通の主人公ラングドン・シリーズの第一作です。ともかく面白い。一気に読み終えました。
 舞台はローマのヴァチカン市国、事件は新ローマ教皇選挙会(コンクラーベ)の日に起こりました。新教皇最有力候補の4人が、秘密結社イルミナティを名乗る男によって拉致され、教会への復讐のため、一時間に一人ずつ殺害すると予告されます。また、欧州原子核研究機関から盗まれた核の数十倍のエネルギーをもつという反物質が、ヴァチカンのどこかに仕掛けられ、大爆発の時間が迫ってきます。イルミナティは、17世紀にガリレオによって組織された科学者たちの秘密結社で、かつての教会による科学者への迫害によって、教会に対し憎しみと復讐心を持ち続けています。
 ハーヴァード大学の図像学者ラングドンは、イルミナティを名乗る男によって養父を殺された女性科学者ヴィットリアとともに、17世紀に書かれた詩を読み解きながら、拉致された枢機卿たちを救い出し反物質を見つけるために、果敢に行動していきます。そして・・・・・。

 『天使と悪魔』に描き出された「教会と科学との壮絶な戦い」に触れた文章を、引用しておきます。ハラハラドキドキのミステリアスなサスペンス小説でありながら、登場人物に語らせた宗教と科学の関係についの言説は、刺激的でかつ説得的です。また、現代のカトリック思想を考えるうえでも、大変示唆的だと思います。

 まず、ラングドン教授によるイルミナティの説明から。「16世紀、・・・物理学者、数学者、天文学者などの、イタリアで最も知性ある人々の一部がひそかに集まって、教会の誤った教理についての懸念を話し合うようになりました。教会による“真理”の独占が世界全体の啓蒙を阻害するのではないかという不安をいだいたのです。そこで彼らは世界で最も古い科学のシンクタンクを創設し、みずから“啓示を受けた者たち”と称しました・・・ヨーロッパ最高の頭脳・・・科学的真実の探求に生涯を捧げた人々・・・」 それが秘密結社イルミナティという訳です。「イルミナティのなかには暴力をもって教会の専制と戦うことを望む者も多かったのですが、一番の尊敬を集めていた会員がそれに反対しました。その会員は、歴史上最も有名な科学者の一人であると同時に、平和主義者でもありました・・・名前は、ガリレオ・ガリレイ・・・ガリレオはイルミナティの会員でした。そして、敬虔なカトリック教徒でした。ガリレオは、科学は神の存在を脅かすものではなく、むしろそれに説得力を与えるものだと訴えて、科学に対する教会の立場を軟化させようと試みたのです。たとえば、望遠鏡で惑星の自転を観察していたら、天空の音楽のなかに神の声を聞いたという話を書き記しています。ガリレオの主張は、科学と宗教とは敵ではなく友である、ひとつの物語を紡ぎだすふたつの言語であるというものでした。天国と地獄、夜と昼、熱さと冷たさ、神と悪魔・・・そんな均整と調和に満ちた物語であり、科学と宗教は、神の与えたもうた調和を―光と闇との果てしない葛藤を享受できるのだ(が、しかし)科学と宗教の統一は、教会の望むところではありませんでした」。その結果ガリレオは、異端者として有罪の判決をうけ、自宅監禁の刑を科されました。

 もう一人の主人公、前教皇侍従(カメルレンゴ)が、テレビの生放送を通して全世界に語りかけます。年若い神父の雄弁が、世界を圧倒します。「イルミナティの諸君。そして、科学者の諸君。ひとこと言わせてもらいたい・・・あなたがたは戦いに勝ったのです・・・はるか以前から、歯車は動きはじめていたのです・・・あなたがたの勝利は避けられないものになっていました。いまほど、それが明らかになったことはありません。科学こそが新たな神です・・・医療、電子通信、宇宙旅行、遺伝子操作・・・いまやこういった奇跡こそ、科学が答えをもたらしてくれる証拠として歓迎されています。無原罪の御宿りだの、燃える柴だの、割れる紅海だのといった大昔の物語には、もはや力がありません。神はすたれました。科学が勝利したのです。わたくしたちは敗北を認めます・・・けれども、科学の勝利は、わたくしたちひとりひとりに犠牲を強いました。それも非常に大きな犠牲です・・・たしかに、科学は病気や苦役による悲惨さを軽減し、娯楽や利便のためのたくさんの道具を与えてくれたかもしれません。しかし、科学は感嘆すべきもののない世界にわたしたちを置き去りにしました。夕日はただの波長と周波数に成り果てました。宇宙の複雑さは切り刻まれ、方程式の集合と化しています。人間としての自尊心さえもが、いまや重んじられていません。科学は、われらが地球も、そこに暮らす生きとし生けるものも、遠大な仕組みのなかの無意味なしみにすぎないと公言しています。単なる宇宙の偶然だというのです・・・わたくしたちを結びつけるはずのテクノロジーでさえ、逆に分断しています。だれもが電子的に世界とつながっているにもかかわらず、強い孤立感を覚えています。そして、暴力、差別、断絶、裏切りといったものに苛まれているのです。懐疑主義が美徳となり、シニシズムや厳格な証拠主義がひとつの見識とされるようになりました。歴史において、人間がいまほど抑圧され、萎縮していた時代がないことは、疑問の余地がありません。科学には、畏敬すべき点が少しでもあるでしょうか。科学は、生まれてもいない胎児を調べて答えを導き出そうとする。遺伝子さえも組み換えようとする。意味を探求するあまり、神の世界をどんどん細かく切り刻み・・・あげくの果てに、見つかるのはさらなる疑問ばかりなのです・・・宗教は追いつくことができません。科学の進歩はすさまじい勢いです・・・人類が車輪を自動車へ進化させるのには何千年もかかりました。ところが、自動車から宇宙船への進化はほんの数十年間の出来事です。いまや、週単位で進化をとげているといつていい。もはや抑えが効かなくなって、きりきりまいです。亀裂がますます深まり、宗教が取り残されるにつれ、人々は虚無感に襲われます。わたくしたちは意味を求めて叫んでいます・・・UFOの目撃、チャネリング、霊との交信、肉体離脱体験、精神世界の探求―この種の奇矯な概念は、見かけは科学的に装っていますが、実体はあまりにも不合理です。それらは、孤独と苦痛に苛まれた現代人の魂の叫びなのです。現代人はみずからの知恵に溺れ、テクノロジーから切り離されたものに意味を見いだす能力を失って浮き足立っているのでしょう・・・科学は人間を救う、とあなたがたは言う。しかしわたくしに言わせれば、科学は人間を破滅させてきたのですよ。ガリレオの時代から、教会は科学の飽くなき行軍を減速させようとつとめてきました。ときには誤った方法もとりましたが、つねに善意をもって臨みました。それでも、誘惑はあまりにも大きく、人はそれに抵抗することができない・・・効率化と簡素化は、汚染と混沌を生み出したにすぎません。わたくしたち人間は、分裂と混乱のただなかにある種であり・・・破滅への道を突き進んでいるのです・・・科学とは、どんな神なのでしょうか。民に力だけを与え、その使い方に関する倫理の枠組みを示さないというのは、どんな神なのでしょうか。子供に火を与えるだけで、それが危険だと注意してやらない神とは、いったい何者ですか。科学の言語には善悪を判断する指針はありません。科学の教科書には核反応を起こす方法は書かれていますが、その善悪を問う章はないのです・・・科学に対して言いたい。教会は疲れました。あなたがたの指針であろうとすることに疲れ果てました・・・あなたがたは大量破壊兵器を量産しますが、世界じゅうを飛びまわって指導者たちに抑制を求めるのは教皇です。あなたがたはクローン生物を創り出しますが、人々におのれの行動の倫理的な意味を考えるよう釘を刺すのは教会です。あなたがたは電話やビデオ画面やコンピューターによる対話を勧めますが、人々に門戸を開き、直接会って親しく語り合うという本来あるべき姿を思い出させるのは教会です。あなたがたは人命を救うための研究と称して、胎児を殺すことまでやってのけます。そのような理屈の誤りを指摘するのも、やはり教会なのです・・・

 ここまで引用すれば、十分でしょう。サスペンス小説でありながら、現代の教会と科学の関係について、正確でしかも説得力ある言論が展開されていると思います。スリリングで刺激的な物語の展開とともに、この小説の楽しみな一面です。

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