藤田嗣治『秋田の行事』
週末、秋田市にある平野政吉美術館を訪ねました。三度目の訪問ですが、お目当ては前回同様藤田嗣治コレクション、とりわけ大作壁画『秋田の行事』。美術館に入り左にまがると、隣りの大きな部屋の正面に、この大壁画があります。広い壁面一杯に堂々と掲げられており、観る者を圧倒します。(写真は『藤田嗣治画集―素晴らしき乳白色』講談社02刊から)
年譜によれば藤田嗣治は、1933年47歳のとき日本に帰国し、36年秋田の平野政吉を訪問、そして翌37年3月『秋田の行事』完成とあります。大地主で米穀商だった富豪平野政吉は、美術品のコレクターで藤田作品の熱心な収集家でした。「私は世界一の絵描き」だと公言する藤田に、平野は詰め寄ります。「世界一の絵描きというなら、世界一の絵を描いて」みよと。そして藤田は、「大きさが世界一の絵」を「誰にもできない早さで仕上げ」ることを約束しました(近藤史人著『藤田嗣治 「異邦人」の生涯』講談社02刊より)。こうして完成したのが、『秋田の行事』。縦3.65メートル、横20.5メートル。キャンバスの左隅に、「1937 昭和十二年 自二月二十一日至三月七日 百七十四時間完成」と書き込まれています。
この壁画には、秋田の季節毎に行われる行事を柱に、秋田杉の材木置き場や油井にたつ櫓などを描きこみ、そして何よりも秋田の庶民の表情を生き生きと描いています。左から、平野家へ年始の挨拶にくる人びと、かまくらで遊ぶ少女と凧やそりで遊ぶ男の子、夏の竿灯祭り、冬の梵天祭り、そして右端に八幡日吉神社の秋祭り。じっとこの壁画を見上げていると、30年代の秋田の全てがここにある感じがしてきます。
印象的な場面のいくつかを記しておきます。
赤ん坊を布にくるんでソリに乗せた男の子の、前方を睨みつけるようなきっとした眼。遊び盛りの少年の「子守」への責任感のようなものを感じます。
年始の地主への贈答品か。米と薪を積んだ馬ゾリ、籠一杯の野菜を背負った馬、鮭と梅花を背負った農婦などを先導して恰幅のいい男が立っています。
竿灯祭りの最中に、イヌ二頭が噛みあいの喧嘩をしています。他にイヌが四頭。外の景色のためか、藤田の大好きな猫は、一匹もいません。
秋祭りの会場で、母親がはなたれ坊主のはなをかませています。この母子の形相は、敵に出会ったものの如く、女は左手で坊主の帯紐をつかみ右手で鼻を拭っており、坊主は、左手を母親の右手をつかんで抵抗し右手を仁王のように大きく開いています。その隣りには、三つ編みの女学生が爪先立ちをして縁日の品物を眺めています。
キャンバス左端の藤田による署名の下の、額の真ん中で長い髪を分けた仁王立ちの男は何者なのか。、黒いマントを羽織り大きな首巻を深々と巻き、こうもり傘を握り締めた片手をマントから出して画面全体を鳥瞰している風情です。
竿灯を背負う男達の躍動的な姿は、臨場感一杯です。
大壁画『秋田の行事』には、藤田の「素晴らしき乳白色」とは別の世界が、生き生きと脈打っていました。
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こんにちわ。
Agという媒体を運営してます、しぶやと申します。
藤田関連の記事を探してましたら、貴殿の興味深い内容に出会いまして、勝手ながらAgのホームページでもご紹介をさせていただきました。
http://ag55.com/category/shibuya
ご承諾なく、上げまして、申し訳ありません。
不都合ありましたらご連絡をいただければ幸いです。
投稿: しぶや | 2010年1月24日 (日) 10時26分