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2008年2月25日 (月)

雪中嵐山に酔う

 先週末、甥の結婚を祝うため、京都へ行ってきました。八坂神社での結婚式に参列したあと、近くのイタリア・レストランで開かれた披露宴で、ご馳走をよばれました。花嫁が造り酒屋の娘さんでしたので、この日のために父親が丹精込めて造ったという大吟醸のお酒をよばれ、芳醇な味わいに至福のひと時をすごすことができました。
 披露宴の終わった後、花婿の父親(義兄)と実兄の二人とともに、四条通りから花見小路を通って建仁寺へ行きました。建仁寺は、日本最古の茶書『喫茶養生記』の著者栄西の開山による、京都五山の第三位に列せられた臨済宗建仁寺派の総本山です。昨年春この本を読んだとき以来、一度は訪ねたいと思っていたお寺です。

P1010371 建仁寺では、俵屋宗達筆『風神雷神図(国宝)』(展示はレプリカ)や小泉淳作さんの法堂天井画『双龍図』(2001)を観たあと、ひろい境内の一角にあった栄西禅師の茶碑を見に行きました。この石碑は、碑文によると、1994年に「我国への茶将来八百年を記念」して造られたとあります。この碑のうしろ側には、小さな「平成の茶苑」がありました。中国浙江省國清寺(栄西禅師修業の地)から持ち帰った茶の種子を植樹したもの。日本で見かける茶葉よりも大柄な感じでした。

  日曜日の京都は、朝から雪でした。京都の雪は、水を含んで重いのですが、人々は雪景色を愛で楽しむことを好み、生活感としては大変軽い。私も、雪が降るとなにか浮立つ気分になり、雪の寺をわざわざ見に行ったりしました。北国の人が、雪のことを重く感覚するのとは逆です。
 久々に京都へ帰った機会に、大学時代の友人たちと会う約束をしていました。北野天満宮で待ち合わせ、梅の花を愛でた後、嵐山で食事をしょうという企てです。天神さんに着いたころは、雪は小降りとなり、時々日差しが指すこともありました。P1010392
 境内のあちこちで、雪中の梅花を撮るべく、大勢の写真ファンがカメラを構えていました。また国宝の社殿前では、受験生と親達が長い列をつくり、お賽銭を投げては手を合わせ、熱心に合格を祈願しています。境内の梅花の多くは開いていましたが、社殿前の紅梅はいまだ固く、寒さに震えているようです。翌日が梅花祭のために、縁日の準備が大忙しです。天神さんの景色は、カメラファンの姿を除けば、50年前のそれとほとんど変わりません。P1010405
 岡山と大阪からやってきた友人二人ともに、嵐電に乗って嵐山に行き、雪の天龍寺を訪ねました。こちらは京都五山第一位のお寺。方丈の西側にある夢窓疎石作の庭園は、もっとも好きな庭のひとつ。以前、雷が鳴り響き激しく雨が池に突き刺さっていく様子に、震えるような感動を覚えたことがありますが、降りしきる雪に煙る曹源池も、それにも増して美しく、寒さも忘れるほどでした。庭園を堪能したあと、法堂天井図『雲龍図』(加山又造筆1998)を観、もうひP1010415とりの友人を迎えるために、渡月橋に向かいました。渡月橋界隈では、人力車が数台停まっており、アルバイト学生だと思われる車夫が、客引きをしていました。ここは「日本一俗っぽい観光地」といわれて久しいのですが、実は100年前の嵐山についても、夏目漱石が『虞美人草』(1907)のなかで、「毎年俗になるばかりですね。昔のほうが余程好い」と登場人物に語らせています。その「昔」も、例えば漱石から更に100年前江戸の後期も、嵐山は庶民の行楽地であったようですから、やはり俗っぽかった。だから、子供のころからの嵐山ファンである私は、俗っぽさこそが嵐山のいのち、と自分に言い聞かせています。
 今回の学生時代の仲間4人は、男3人女1人の入学間もない頃に親しくなった者同士。大原の三千院近くの民宿で合宿し、パスカル『パンセ』の読書会をしたことなど、懐かしく思い出されます。そこで今回は、青春時代にちょっと帰り、「嵐山三題ばなし」の宿題を課しました。①夏目P1010423漱石著『虞美人草』の嵐山・嵯峨遊覧の項、②谷崎潤一郎著『細雪』の嵯峨野・嵐山お花見の項、③周恩来作『雨中嵐山』の詩。テキストは、事前にメールしておきましたが、はたして当日、湯豆腐に舌鼓を打ちつつ美酒に酔ううちに、漱石先生も谷崎先生も一度も登場せず、外では雪がしんしんと降りつづき、嵐山は白く煙って姿美しく、話は今に昔にと往き復り、4人はみんな、仕合わせな気持ちになりました。P1010431
 2時間余の宴会のあと、せめて周恩来の『雨中嵐山』の碑を見ておこうと、亀山公園に行きました。その碑の前には、10人前後の先客がおり、中国東北の瀋陽からのお客様でした。中国の人々が京都へ来たときには必ずこの地を訪れる、という話は聞いていましたが、直接彼らに会ってみて、なるほどと納得しました。中国人の通訳氏にきけば、人々の周恩来への愛着は、いまだ強いということでした。

 4人で京都駅に戻り、点心料理でこってりと口直しをし、ビールで乾杯のあと、同窓の友との愉快な一日が終わりました。

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