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2008年3月23日 (日)

復活祭

P1010557_2  お袋と家内をともない、前橋カトリック教会へいきました。12月のクリスマス以来です。迂闊にも、今日が復活祭だとは、教会へ行く直前に、ミサの時間確認のためホームページを開いて、始めて知りました。復活祭が移動祝日であり、春分の日のあとの最初の満月の次の日曜日、ということは知っていましたが、その満月が昨晩だとは気がつかず、今日がその日だとは、思ってもみませんでした。ともあれ、お袋のお供とはいえ、復活祭のミサにあずかるのは、40数年ぶりのことです。
 世界のキリスト教徒20億人が、今日地球のすみずみで、キリストの復活を祝っているのです。

 今日の復活祭のためのパンフレットのなかに、次のような祈りの言葉があります。「いのちの源である神よ、あなたは御子キリストの死と復活によって、すべての人に永遠の救いへの道を開いてくださいました」。1時間30分のミサの間、このことを考え続けました。キリストの死と復活が人類の永遠の救いとなる、とは。15年ほど前、癌で亡くなった姉の告別式で、司祭が説教でこのことを語ったとき、姉の永遠の復活を感じました。正しくは、そのように念願したのでした。しかし、言葉と論理で理解しょうとする私には、このキリスト教会の教えは、いまだ私のものとはなり得ません。
 復活祭のミサは、日本語とその手話とで進められました。聖書の朗読に際しては、英語と韓国語とスペイン語とが、順に語られました。200人近い列席者のなかには、日本人に交じって、多くの在日の外国人たちがいました。フィリッピンとブラジルと韓国と欧米のひとびと。ここには間違いなく、国境と民族を越えた、共同体があります。ミサにあずかった日のお袋は、息を吹き返したように、元気と機嫌がともに、素晴らしくよくなります。

 今週は、3月28日(金)10時から、アジア太平洋戦争末期の沖縄戦において、慶良間諸島で起きた「集団自決」(強制集団死)をめぐる「大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判」の大阪地裁判決があります。昨年の高校教科書検定での日本軍の強制性削除の問題と、表裏の関係にある裁判です。つまり、この裁判は、文科省検定による歴史教科書記述修正の根拠のひとつになったのです。原告側の主張のポイントは、「集団自決」は軍の命令ではなく、住民が自ら国に殉ずるという美しい心で死んだのだ、ということです。謝花直美著『証言 沖縄「集団自決」―慶良間諸島で何が起きたか』(岩波新書08.2.20刊)を是非読んでいただきたい。原告の主張が、いかに欺瞞であるかが、わかります。そして、28日の大阪地裁判決に、耳をすまして欲しい。今日本の社会で、何が起こっているのかを、注意深く観察して欲しい。日本の国を戦争のできる国にしたいと欲求し、策動している一群の人たちの、知性のかけらもない反人間的な素性を、知るべきです。
 慶良間諸島強制集団死(「集団自決」)、1945年3月25日座間味島177人、26日慶留間島53人、28日渡嘉敷島329人。63年前の今週の日々にあたります。そして、最も多くの犠牲者を出した渡嘉敷島の、まさに63年後の3月28日に、判決があるのです。

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