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2008年3月 8日 (土)

『憲法・古典・言葉 加藤周一対話集』を読んで

 「どんな花が世界中でいちばん美しいだろうか。春の洛陽に咲き誇る牡丹に非ず、宗匠が茶室に飾る一輪に非ず、ティロルの山の斜面を被う秋草に非ず、オートゥ・プロヴァンスの野に匂うラヴァンドに非ず。
 1960年代の後半に、アメリカのヴィエトナム征伐に抗議してワシントンに集まった「ヒッピーズ」が、武装した兵隊の一列と相対して、地面に座りこんだとき、そのなかの一人の若い女が、片手を伸ばし、眼のまえの無表情な兵士に向かって差しだした一輪の小さな花ほど美しい花は、地上のどこにもなかったろう。」(加藤周一著『小さな花』かもがわ出版03.9刊)
  3ページのみじかいエッセー「小さな花」の冒頭文です。文芸評論家の加藤周一さんを紹介するのに相応しい文章として、また私のもっとも好きなエッセーのひとつとして、引用しました。
 

Photo  加藤周一さんは、私が尊敬しかつその作品を愛好する評論家・作家の一人です。朝日新聞にときおり投稿されている『夕日妄語』は、ときどきの日本と世界の情勢を読み解くのに、大切な鍵を提供してくれます。著書に向かうと、加藤さんの古今東西あまねく巡らされた知的好奇心の強烈さと博識多才ぶりにはいつも圧倒され、ゼミの怖くも優しい大先生から、自らの知的怠惰な日常生活に対して、厳しく叱咤激励される思いがします。
 『憲法・古典・言葉 加藤周一対話集』(かもがわ出版 08.2.5刊)は、00年代に多分野のひとたちと交わされた、まさに憲法と古典と言葉についての、大変刺激的で愉快な対話集です。
 冒頭の「三酔人 前口上」は、「笑」がいっぱいの対談。これは、京都での「9条の会」の集いの一こまです。一海知義(中国文学)奥平康弘(憲法学)両氏と集会参加者との対話。加藤1919年生まれ、一海・奥平1929年生まれ、熟達した若さを感じる面々です。「戦場には支配層・老人から行く」の項は、面白い。司会の問題提起。丸山眞男が講演で紹介した長谷川如是閑の話。「戦争が始まったとき、誰が最初に戦場に行くべきかというベルギーの徴兵制法案・・・まず君主が戦場に行く、次に皇室の親族たち、それから議会の議長と開戦に賛成した議員たちが行く、つまり年齢の上のほうから戦場に行く・・・そんなことも議論されていたことがあるという紹介は必要」。これをうけて一海さんは、実際問題として、近代戦争は科学戦争だから、「若い人たちだけではなく、年配の人も・・・動員される」と指摘、また加藤さんは、戦争中に辰野隆教授から聞いたとして「今度戦争があったら俺から先に取るという条件なら賛成だけど、若い人からだんだん殺していくのなら戦争に反対だといった」と紹介しています。
 二番目の「私たちはまだ、自由を手にしていない」は、樋口陽一(憲法学)さんとの対話。樋口さんは、ハバーマス「憲法愛国主義」について語ります。「ドイツ人民のアイデンティティーは、ゲルマン民族の歴史とか、マルクの強さとかそういうことじゃなくて、西ドイツ憲法が人類の普遍的価値にコミットしていることへの誇りこそ我々のアイデンティティーである」。イラク大量破壊兵器国連査察団員スコット・リッター(元米国海兵隊員)の話を思い出します。戦争反対集会での発言です。「わたしはこの戦争に反対する。なぜなら、わたしはパトリオットだからだ。わたしはアメリカを愛する。アメリカの憲法を愛する。だからこの戦争に反対する」(姜尚中著『愛国の作法』朝日新書 06.10刊より)。個人の尊厳、戦争の放棄、国民の生存権を明確に宣言した私たちの憲法を語るとき、日本国を構成する国民であることを自覚し、日本国を積極的に愛することができます。日本の歴史と伝統、文化と科学、自然と風景を愛する出発点に、日本国憲法があることを、強く自覚します。そのように今後、一人でも多くの、日本社会に住む人々が、語りだすことを念願します。
 詩人谷川俊一郎・田 原両氏との鼎談は、詩と日本語について語り、大変刺激的。たとえば、鴎外と漱石の漢詩について。田「・・・森鴎外の漢詩も・・・菅原道真や空海の漢詩もかなりうまい。夏目漱石の漢詩も、現代の中国人の書いた漢詩よりうまいんじゃないか。・・・中国人は、非常に不思議に思うんです。中国語がしゃべれないのに、漢詩を書ける。これは世界的にどの国にもない、非常に不思議な現象ですよ。」加藤「・・・近代、明治以降では鴎外と漱石が一番うまい。・・・空海は明治以前でも段違いに例外的な存在です。・・・中国文化は八世紀に入ってきたから、まだ100年ぐらいしかたっていなかつた。その時代にとにかく中国人が詩として読める詩をつくったのがすごいことです。」「谷川「それは漢語の持っている力ですよ。書き言葉と話し言葉が分裂していても詩が書けてしまうというのは、アルファベットでは絶対にできない」といった調子です。
 この他、「言葉との格闘―漱石の『明暗』について」(近代日本文学の石原千秋・小森陽一両氏との鼎談)や「「日本 その心とかたち」をめぐって」(映像作家 高幡 勲との対話)など、対話ゆえの楽しさと知的刺激を甘受できます。
 加藤周一さんは今年、89歳になられます。「かくしゃくとなさっている」というのも失礼なほど、文芸評論家の現役として、日本と世界において活躍なさっています。私たち日本社会が、世界に誇ることのできる最高の知識人の一人として、私にとっては輝くような存在です。 

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