『軍事ケインズ主義の終焉』を読む
「軍産複合体」という言葉を始めて聞いたのは、アメリカ合州国大統領アイゼンハワーの退任演説においてでした。巨大な軍隊と大規模な軍需産業の結合が、議会や政府の政治・経済・軍事の政策に決定的な影響を与えることに、厳しく警告を発したものでした。当時中学生の私には、アメリカの最高権力者だった人が何故、退任に当たってこんな警告をしたのか、理解できなかつた記憶があります。
先週、この「軍産複合体」に関する二つの話題に出会いました。
そのひとつ、先週の日曜夜放映のNHK・ETV特集『小田実 遺す言葉』。昨年の7月30日、小田実は胃がんで亡くなりました。享年75歳。ベトナム反戦運動や阪神淡路大震災の市民立法実現のための運動など、たえず日本の市民運動の最前線で活躍した作家であり思想家だった小田実の、最後のメッセージを伝えようとした番組です。小田の遺言とも言うべきメッセージは既に、彼のホームページ上に「市民のみなさんへ 2007年6月2日」として公表されています。この手紙は、入院先の病院のベッドの上で書かれたものです。ETV特集の小田実も終始、ベッドのひとでした。冒頭、明日が憲法記念日だという日に、カメラが病床の小田をとらえます。モルヒネのためか、顔の表情は穏やかでした。小田実が語ります。
「日本は民主主義と自由をアメリカからもらったが、大事なものを付け加えた。それが平和主義。民主主義と自由に平和主義を結合したのは日本だけ。」
「平和主義に基づいて我々の産業構造が出来上がった。その中心部分に軍需産業はない。平和産業だけで、これほどの繁栄をし、築き上げた国は日本だけ。全世界の歴史始まって以来のこと。日本はもっと価値のある国として、特に若い人に見直して欲しい。」
ふたつ目の「軍産複合体」に関する話題は、『世界4月号』(岩波書店08.03刊)掲載のチャルマーズ・ジョンソン稿『軍事ケインズ主義の終焉』(東アジアを専門とするアメリカの国際政治学者 1931年生まれ)。
「07年、アメリカの不良債権処理額は過去最高に達した。だが、この混乱の原因とされるサブプライム問題も、ガジノ経済も、アメリカを中心とする資本制経済システムの矛盾を告げる症状にすぎない。途方もなく巨大化した軍産複合体という怪物が、米議会を飲み込み、アメリカを内から食い尽くそうとしている。アメリカ経済が破綻すれば、誰もが超大国の道連れとなる。」
この軍産複合体が依拠する思想が、軍事ケインズ主義。ジョンソンの定義。「戦争を頻繁に行うことを公共政策の要とし、武器や軍需品に巨額の支出を行い、巨大な常備軍を持つことによって、豊かな資本主義経済を永久に持続させられると主張する」。
軍事大国トップ10の軍事予算推定総額が、掲げられています。
1.アメリカ 6230億ドル(08年度予算)
2.中 国 650億ドル(04年度)
3.ロシア 500億ドル
4.フランス 450億ドル(05年度)
5.日 本 418億ドル(07年度)
6.ドイツ 351億ドル(03年度)
7.イタリア 282億ドル(03年度)
8.韓 国 211億ドル(03年度)
9.インド 190億ドル(05年度推計)
10.サウジアラビア 180億ドル(05年度推計)
ジョンソンは、アメリカの「6230億ドル」をまやかしだと断定します。これ以外に政府は、軍事支出を他の省庁に割り当てた予算の中に隠してきた、と指摘します。核弾頭の開発・管理はエネルギー省に、他国の軍事支援費は国務省に、イラク・アフガニスタン戦争の負傷兵の治療費は退役軍人省に、といった具合。そして「合衆国の現会計年度(08年度)における軍事支出は、控えめに見ても合計で1兆1000億ドルを下らない」としています。アメリカ以外の全世界合計(04年推定)が5000億ドルですので、アメリカの軍事費はその2倍以上あるわけです。
アメリカの軍産複合体の実態を表す、いくつかの指標が言及されています。
①(武器・機器・軍需専業工場の資産価値)÷(製造業総資産価値)=83%(90年)
②(47-87軍事支出7兆6200億円)≒(85国内工場設備・インフラの総価値7兆2900億ドル)つまり、40年間に支出された資本資源を使えば、アメリカの資本ストックは2倍になっていた、現行設備をすっかり更新し得たということです。ところが、そうはならなかった。これは人材についても、全く同じことが言えます。カネもヒトもモノも、軍産複合体の絶対的圧力の下、圧倒的に軍事へとシフトして行ったのです。かくして21世紀に入り、「アメリカの製造基盤はほぼ消滅」してしまうことになりました。
チャルマーズ・ジョンソンの合州国国民への警告は、日本の国民に対する警告でもあります。自衛隊の装備品等の調達データーをみますと、国内調達が1兆8800億円(国内調達比率89.5%)あり、これが日本の軍需産業の基盤となる数字です。そして、政財界には、武器輸出解禁の欲望が、大きく膨らみつつあります。国産装備品の巨額の開発コストを賄うには、武器輸出が不可欠だという訳です(ウィキペディア「武器輸出3原則」より)。
戦後の日本社会が世界に誇ってきた、軍需産業によらず平和産業に依拠してきた産業における平和主義が現在、危機に立たされているのです。あらためて、小田実のメッセージに、耳を傾けたい。
« 榛名梅林 | トップページ | 『太平洋の防波堤』 »
コメント
« 榛名梅林 | トップページ | 『太平洋の防波堤』 »
はじめまして。ネットで調べものをしていたら,こちらのブログにたどりつきました。これからも読ませていただきたいと思います。それからわたしのブログに紹介させていただきました。あとからの報告になってしまいまして,失礼しました。よろしければ,わたしのブログにもお越しください。
「風を感じて話しませんか」http://katek.exblog.jp/
投稿: KATEK | 2008年3月23日 (日) 16時37分