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2008年4月 6日 (日)

映画『トゥヤーの結婚』

Tuya_main  「大丈夫。狼は母ちゃんが食ってやる」。雪のふるなか道に迷った息子は、羊の群れとともに、狼におびえて立ち竦んでいました。ラクダにまたがり、広大な草原を探しまわっていた母親トゥヤーはやっと、彼を見つけ、強く胸に抱きしめました。中国の内モンゴルを舞台にした王全安(ワン・チャアンアン)監督作品『トゥヤーの結婚』のなかの、もっとも印象的なセリフのひとつです。

 トゥヤーは、障害者の夫と二人のこどもを抱え、羊の放牧で暮らしを立てています。砂漠化のすすむ草原で、彼女は毎日、二往復30キロの水汲みを、強いられています。水は、生存の前提条件です。夫の怪我も、井戸掘り時の事故によるものでした。ある日、隣人の転倒した三輪自動車を起こそうとして腰を痛めた彼女は、一家の生活(=生存)を支え続けていくために、決断をせまられます。夫と離婚し、他の男と再婚すること。前夫との同居を条件に。
 離婚のうわさを聞いた男たちが、いまだ若く美しいトゥヤーに求婚するために、つぎつぎと訪ねてきます。谷崎『細雪』の三女雪子の、次々と現れた見合い相手が、どこかかしこか欠陥があったと同じように、彼女の求婚者たちも皆、どこか変。でも、彼女は「前夫の同居」の条件さえ満たされれば、再婚する決意でした。しかし、その条件ゆえに、求婚者たちは、あきらめて帰っていきました。
 彼女に好意を持っていた隣家の男は、トゥヤーに助けられたお礼に、井戸掘りをはじめました。危険をも顧みない男の好意に、トゥヤーのこころが揺らぎます。そして・・・・・。

 彼女は、なんとも情けなくみじめな男たちにかこまれています。夫は、モンゴル相撲の元勇者のフトッチョですが、いまは障害者となって生きる意欲をなくし、酒におぼれています。求婚者の一人、中学時代の同級生は、石油成金でベンツに乗ってやってきたハゲ男。彼女が欲しくて焦りますが、前夫との同居は、男のプライドが許しません。そして、隣家の男は、妻の浮気を悩み、なにをやっても上手くいかない、ヤセの不器用男。こうした男たちに引きたてられるように、トゥヤーは、たくましく利口で、思慮深さが際立った女性として、描かれています。そして彼女は、この男たちを、愛しました。砂漠化する草原での生活(=生存)のための結婚ですが、彼女の愛は、ごく自然な感情でした。水を求めて障害者となった前夫と、あらたに水を求めて井戸を掘り続ける求婚者は、トゥヤーと二人の子供たちの、過去と未来の生活(=生存)を確かなものにしてくれる存在です。だから、彼女は、彼らを当然のように愛するのです。

 ラクダにまたがって疾走するトゥヤーの姿は、広大な草原の美しさを背景にした、もっとも感動的なシーンです。女という性を超えた、ひとりの人間の崇高ささえ、感じました。ベンツとそれを運転する男が、いかにもみすぼらしく、矮小なものに見えます。草原に突然現れた都会も、くすんでいてなんら魅力がない。現代を表徴するものはことごとく、男たちと同じように、みじめで情けない。砂漠化する草原とともに消えていこうとする内モンゴルの自然と文化への愛おしさが、画面にあふれています。映画のプロローグとエピローグに映し出された「トゥヤーの結婚」式の場面は、美しい民族衣裳を着飾ったトゥヤーは、晴れやかななかに物悲しさを湛えています。この悲しさが、この映画のすべてなのかもしれません。

それにしても、中国の監督たちが元気です。年末からこの春にかけて、四本の作品を見ました。田壮壮(ティエン・チュアンチュアン)『呉清源 極みの碁譜』、賈樟柯(ジャ・シャンクー)『長江哀歌』、哈斯朝魯(ハスチョロー)『胡同の理髪師』、そして今日の王全安(ワン・チャアンアン)『トゥヤーの結婚』。彼らの出身地と生年を歳の順に記しますと、北京’52(田壮壮)、陜西省延安’65(王全安)、モンゴル’66(哈斯朝魯)、山西省’70(賈樟柯)。若手と壮年、大都市と地方、漢民族とモンゴル人。広大さと多様さに満ちています。これら中国に韓国、日本の映画を加えた東北アジアの映画が、本当に楽しみになってきました。

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「トゥヤーの結婚」★★★★★オススメ ユー・ナン、モンゴルの遊牧民出演 ワン・チュアンアン監督、2006年、中国、96分 久々に心揺さぶる映画と出会った。 草木もわずかな荒涼とした大地、 羊の群れを追うのが主人公のトゥヤーだ、 子供はまだ幼く、夫は井...... [続きを読む]

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