映画『光州 5.18』
キム・ジフン監督作品『光州 5.18』(韓国07制作)を見ました。1980年5月の光州事件を、真っ正面から描いた意欲的な作品です。韓国の人々にとっては、今日の民主化を勝ち取っていく過程で起こった、暗くて悲しい事件です。1973年の金大中事件や74年の文世光事件、そして79年10月の、世界中に大きな衝撃を与えた朴大統領暗殺事件など、隣国韓国は、激動の時代でした。
1980年の春は、前年秋の朴正煕大統領暗殺のあと、民主化への期待感がひろがり、「ソウルの春」とよばれた時期でした。しかし、実権を握った全斗煥は5月17日、韓国全土に戒厳令を敷き、金大中などの野党指導者を一斉に逮捕しました。そして5月18日、光州市に陸軍空挺部隊を送り、民主化を訴える学生たちの鎮圧にかかりました。この映画は、この5月18日から27日までの10日間の、光州の学生と市民の戒厳令軍との戦いを描いたものです。
映画は、新緑に染まった美しい田園風景を映し出します。農民たちは、初夏の農作業に忙しく立ち働いています。大きな並木ぞいの道路を、タクシーがのんびりと走っています。その上空を空軍の大型輸送機が、光州市の方向へ飛んでいきます。農作業の手を休めた農民は、不安そうに軍用機を見送ります。
光州の街には、学生たちが溢れかえっています。平和な市民たちの生活があります。そこに突然、戒厳軍が現われました。抗議する学生たち。しかし、戒厳軍の発砲により、学生たちが倒れます。息子や兄弟や友人を射殺された市民たちが、学生とともに立ち上がります。政治に無関心の主人公のタクシー運転手も、弟の高校生が目の前で撃たれて死んでいくのを見て、武器を手に戦いに参加していきます。こうして、光州の市民と学生による民主化を求める壮絶な戦いが始まりました。
映画は、タクシー運転手と彼がほのかな思いをよせる美しい看護師の、愛と戦いの10日間を、克明に描きます。革命を赤裸々に描きながら、政治的メッセージがほとんど語られません。歴史の事実を知らないと、この映画は、「革命に消えた若い二人の愛の物語」に終わってしまいそうです。しかし最後の場面で、監督は私たちに、強いメッセージを送ってくれます。
「光州市民のみなさん、と゜うか私たちを忘れないでください」。人気(ひとけ)の途絶えた光州の街を、軽トラックからハンドマイクで訴え続ける看護師。彼女の白衣には、血が飛び散っています。「暴徒たちに告ぐ。武器を捨てて降伏せよ」 と警告する戒厳軍。彼らも学生や市民と同じ韓国人です。「俺たち市民は、暴徒ではない」と絶叫するなか、銃弾に倒れるタクシー運転手。そして舞台は急転回、運転手と看護師の結婚式のシーンで、この映画は終わります。
私は光州事件については、当時『世界』(岩波書店)に連載されていたT.K生の「韓国からの通信」によって、詳細を知った記憶があります。恐らく、世界中の多くの人々が、T.K生の報告によって、戒厳軍による光州市民・学生虐殺事件を知ったのではないでしょうか。韓国の人たちがこの事件を知ったのも、秘密裏に日本からもたらされた「韓国からの通信」のコピーによったといわれています。韓国国内では、厳重な言論統制が敷かれていました。逮捕された金大中さんは、この年の8月、内乱予備罪等により死刑判決を受けます。当時、労働組合の仲間と一緒に、「金大中さんを殺すな、金大中さんの死刑反対!」とシュプレヒコールをしながら、大阪の御堂筋デモに参加したことを、思い出します。
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