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酒井啓子著『イラクは食べる-革命と日常の風景』(岩波新書 08.4.22刊)は、もてなしのイラク料理が思わず舌なめずりを誘い、著者による戦後のイラク社会分析が、頭の中のもやっとしていた霞をふり払ってくれる、そのような本です。
例えばこんな具合です。「終章 ひっくり返しご飯」は、マクルーバというアラブ料理について。鍋底に羊肉・野菜を敷き、コメを乗せて炊く。できあがったら、大皿にひっくり返して、肉・野菜・ご飯がきれいに層をなしたら成功。レシピには、アラブ料理用スパイスとして、「黒コショウ、シナモン、オールスパイス、カルダモン、クローブ、ナツメグ、シュウガ、乾燥させたバラの花弁を混ぜ合わせたものを使用」とあります。キッチンから、イラク料理の芳香が漂ってくるようです。マクルーバは、「ひっくり返されたもの」の意。そして・・・
一昨日の午後、会津若松での研修会に参加するため、郡山駅から磐越西線の快速列車に乗りました。列車は空いており、幾組かの観光客らしき人々が、ゆったりと列車の旅を楽しんでいました。斜め向かいに座った70歳前後のご夫婦は、修学旅行生のように、浮き立つ気持ちを抑えられず立ったり座ったり忙しい。隣席の更に年長のご夫婦は、小ざっぱりとした服装で日除け帽を被り、白い運動靴を履いて静かに腰掛けています。お揃いのリュックサックには、何か一杯入っており、これから猪苗代湖畔を散策しょう、といった感じです。ちょっと幸せな、高齢社会の一シーンでした。
上野公園の東京都美術館で開かれている『パリの100年展』を観てきました。お目当ては、モーリス・ユトリロの『コタン小路』(1910.11年頃)。漆喰の白壁と広い窓の建物に囲まれた小路とその先の階段。その階段を、長衣を着た人が昇っていきます。上部の木々の緑と空の青色は、画面を明るくしていますが、手前の小路と両側の建物は、静かで寂しい。右側の歩道の奥にも、人がひとり、建物のなかに入っていこうとしているようです。
ユトリロの描くパリの街は、佐伯裕三のそれとともに、大変強く惹かれます。この『コタン小路』も、期待に違わず魅力的で、しばらく観つづけました。この静謐なパリの街を描きつづけたユトリロは、アルコール中毒に冒されていました。
「ハワーズ・エンド」とは、「古くて小さくてなんとも感じがいい、赤煉瓦の家」のことです。小説は、この家をめぐって、異質な二つの家族が出会い反発し合いそして結ばれていく、という風俗小説です。このカテゴリーを「世態・人情・風俗の描写を主とする小説」(広辞苑)と定義すれば、『ハワーズ・エンド』はまさに、20世紀初めのイギリスの「世態・人情・風俗」をたくみに描いた風俗小説です。
谷崎潤一郎の『細雪』を連想させます。そういえば、「結婚」や妹の「自由奔放」な思想や行動が、重要なモチーフになっているところも、両者の共通なところです。そして誕生年は、フォースター1879年、谷崎1886年。同世代の作家です。
E.M.フォースター著『ハワーズ・エンド』(河出書房新社 池澤夏樹編 世界文学全集Ⅰ-07 08.05刊)。