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2008年6月 7日 (土)

ユトリロの描いたパリの街角

Utrillo  上野公園の東京都美術館で開かれている『パリの100年展』を観てきました。お目当ては、モーリス・ユトリロの『コタン小路』(1910.11年頃)。漆喰の白壁と広い窓の建物に囲まれた小路とその先の階段。その階段を、長衣を着た人が昇っていきます。上部の木々の緑と空の青色は、画面を明るくしていますが、手前の小路と両側の建物は、静かで寂しい。右側の歩道の奥にも、人がひとり、建物のなかに入っていこうとしているようです。
 ユトリロの描くパリの街は、佐伯裕三のそれとともに、大変強く惹かれます。この『コタン小路』も、期待に違わず魅力的で、しばらく観つづけました。この静謐なパリの街を描きつづけたユトリロは、アルコール中毒に冒されていました。

Photo ユトリロは1883年パリに生まれますが、母親は18歳のモデル、シュザンヌ・ヴァラドン。ルノワールの『ブージヴァルの踊り』(1883油彩)の若く美しく女性は、ヴァラドンそのひとです。この作品のできた年に、ユトリロは生まれています。ロートレックとの同棲やドガの庇護のもと、ヴァラドンは画家の道を歩みます。そのヴァラドンの作品も出品されていました。いずれも、初見です。
 このやさしげな男の肖像画のまえで、解説のイヤフォンから、エリック・サティ作曲『ジムノペディ』の最初の楽章が聞こえてきました。この曲は、ゆったりとして静かで、こころを落ち着かせてくれる、数少ない音楽のひとつです。『ジムノペディ』の作曲家の肖像に相応しい、静かで穏やかな雰囲気の画です。ヴァラドンは、ユトリロ10歳の頃、サティと関係を持っていましたが、半年ほどで破局を迎えました。この『エリック・サティの肖像』(1892.3年油彩)は、二人が別れる前に描かれています。
 ユトリロのアル中の背景に、唯一の肉親である実母の、こうした芸術家たちとの男性遍歴があったのかもしれません。

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