« 竹島/独島のこと 朴裕河の言葉に耳を傾けよ! | トップページ | 桧枝岐から三条の滝へ »

2008年7月25日 (金)

ドキュメンタリー映画『靖国 YASUKUNI』

2_2  8月15日敗戦の日、カメラは靖国神社に集まってくる人々を捉えます。多くの「一般」の人々に混じって、その姿とパフォーマンスが時代錯誤で滑稽味のある人々が、日の丸を高く掲げて、ひとりあるいは集団で、境内を行進しながらやってきます。野卑な右翼の活動家たちは、アメリカ国旗を掲げた米人にたいして、ヤンキーゴーホームと凄んでみせ、その存在感をアッピールします。

 靖国参拝は個人の「こころ」の問題だとうそぶく時の首相、参拝運動に檄をとばす都知事と宣言文を朗読する国会議員など、日本のエリートたちも登場します。いずれも、おどろおどろしていて、おぞましい。できれば、見たくも聞きたくもない。しかし、この人たちは靖国史観を共有する仲間なんだと、この映画はあらためて教えてくれます。
 追悼式会場に、首相の参拝に反対する青年が突然、闖入してきて「はんたい」を叫び、組み伏せられて滅多打ちの暴行をうけ、怪我をして血を流し、何故か執拗に「中国人は帰れ」と罵倒されつづけ、パトカーに乗せられました。「異見」への不寛容さが、露骨に現われます。マンション管理組合による政治ビラへの不寛容さを、思い出します。
 台湾と韓国と日本の遺族たちが、合祀を拒否し「魂を返して」と白装束の神官に詰め寄り、神官は逃げようとします。右翼活動家たちが、街宣車から、この一行に罵声を投げつけます。このときわたしは、胸が痛くなりました。日本の軍人として戦死した台湾と韓国の人たちの魂は、戦後60年以上たった現在なお、靖国神社に捕縛されたままなのです。
 父の合祀に反対する日本人僧侶が、静かに語ります。「国家が勝手に、戦死者を靖国神社に祭るのです」。昨年の憲法記念日の講演会で聞いた、「憲法13条 すべて国民は、個人として尊重される」という日本国憲法の核となる命題が、ここでは見事に無視されています。靖国の反憲法性。
 靖国神社のご神体(のひとつ)とされる日本刀(神剣)が、この映画の主人公といっていいかもしれません。1933年から45年までに、 靖国神社境内において作られた日本刀は、8100本。映画は、恐らくこうして作られたであろう日本刀によって、日本兵が中国人の首を刎ねる場面の写真を数枚、映し出します。腰に手をあて、斬殺の場面を面白げに笑ってみている日本兵。
 
 何故この映画が、上映中止に追い込まれたのでしょうか。

 映画館の私の隣にすわった、ちびた下駄履きの女性は、夫らしい短髪の男性とともに、熱心に見入っていました。最前列には、頭蓋骨のデコボコがそのまま外から見える、丸坊主頭の初老の男性が、作業着のままの若い衆3人とともに、観賞しています。夜7時半からの上映に、30数人の観客というのは、この映画館では珍しい。いつもは、いかにも映画好きな観客が、シニア層を主体に10数人といったところなのですが。『靖国』の観客はあきらかに、数も多く層も広がっているように思いました。

 上映中止運動が、観客を呼び込んだ感じです。
 

« 竹島/独島のこと 朴裕河の言葉に耳を傾けよ! | トップページ | 桧枝岐から三条の滝へ »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ドキュメンタリー映画『靖国 YASUKUNI』:

« 竹島/独島のこと 朴裕河の言葉に耳を傾けよ! | トップページ | 桧枝岐から三条の滝へ »