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2008年8月30日 (土)

伊藤和也さんの言葉

  険しい山岳を背景にした黄一色の菜の花畑で、左手に一輪の花をつまんだ幼い女の子が楽しそうに笑っています。乾し草の束を運ぶ少女や、大きく肥ったサツマイモを持ち上げて得意げな少年もいます。撮影者と被写体の子どもたちの間には、穏やかな信頼関係があることを窺わせる写真です。アフガニスタンで死亡した伊藤和也さんが撮影し、ペシャワール会が公表した300枚余の写真の一部をアサヒ.コムが掲載しています。

 伊藤さんが所属していたペシャワール会のホームページを開いてみました。冒頭には、「誰もが行きたがらない所に行き、誰もがやりたがらないことをする」と太字で大書されており、この会のポリシーを知ることができます。また、1984年来続けている医療活動に加え、2001年10月のアフガニスタン空爆のもとでの緊急食糧援助と、2003年から「緑の大地計画」によつて灌漑用水路建設を着工し、6000ヘクタールの農地の灌漑が可能になったと報告されています。この成果が、伊藤さんが撮った菜の花畑やサツマイモの収穫の写真となり、幼女と少年・少女たちの笑顔となったことが、容易に想像されます。伊藤和也さんは、この「緑の大地計画」に参加し、現地の人びととともに汗を流し収穫の喜びを共有していたのでしょう。ホームページの「緑の大地計画」報告のなかに、現地の人たちに混じって立ち働く伊藤さんの姿を見ることができます。
 会の現地代表で医者の中村哲稿『自立定着村の創設に向けて-第3期工事は「沙漠緑化」と「農地開拓」』は、ペシャワール会の07年度事業報告と08年度計画を報告していますが、このなかで私たちは、この会の素晴らしい成果とともに、現在のアフガニスタン情勢、伊藤和也さんが拉致され殺害された背景を知ることができます。伊藤さんのご冥福を祈りつつ、この報告をしっかりと読んでおきたい。
 亡くなった伊藤和也さんについて記憶しておきたいことがあります。菜の花畑の笑顔の幼女の写真とともに、彼のアフガニスタン派遣志望の動機について書かれた文書です(朝日新聞8.28朝刊)。すでにテレビでも繰り返し紹介され、新聞各紙も要旨を掲載しています。伊藤さんの、自分の力量についての冷静で謙虚な判断は好ましく、「現地の人たちと一緒に成長していきたい」との決意表明は、確かで強い意志を感じさせます。「アフガニスタンを本来あるべき緑豊かな国に、戻すことをお手伝いしたい」「子どもたちが将来、食料のことで困ることのない環境に少しでも近づけることができるように」との願いは純粋で気高く、現実の活動は、大地に根ざした地道で現実的・実践的なものでした。伊藤さんのお父さんが「我が家の誇り」と仰っていましたが、私は、日本社会の誇りだと思います。彼の純粋で高貴な精神は、まさに日本国憲法の精神そのものだと思います。彼の遺志を継ぐためには、今回の事件を機に反タリバン・反テロ機運が強まりアフガニスタンへの軍事的協力の強化が図られることのないように監視を怠ることなく、そしてペシャワール会初め多くの非軍事NGOの活動を、より多くの日本と世界の人びとが支えていくように、こころから願います。私もささやかながら、サポーターの一員として、関わっていきたい。

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