アブサロム、アブサロム !
アメリカ下院は29日、過去アメリカが行った奴隷制や隔離政策について謝罪する決議を初めて採択しました。このニュースをみて一瞬、おやっと思ったのですが、今日でもつづくアフリカ系住民への差別のなか、こうした決議すら未だなかったのですが、アフリカ系であるオバマ氏が大統領候補になるという歴史的な変化を背景に、あらためてアメリカ社会が、政治家たちを動かし、謝罪決議採択に至ったのだと、納得しました。
日本の参院が、アイヌの人々を独自の言語・宗教・文化を持った日本列島の先住民族として認める決議をしたのは、今年の6月6日のことです。日常の生活では必ずしも、意識される機会の多くない民族差別の問題が、太平洋を挟んだ両国で期せずして、議会決議という形で再認識された形です。
こんなとき、ウィリアム・フォークナー著『アブサロム アブサロム!』(河出書房新社 池澤夏樹編「世界文学全集Ⅰ-09 08.07刊)を読み、アメリカ南部最深部の歴史の真実を赤裸々に、見せ付けられました。
まず、『アブサロム アブサロム!』の表題の意味を、編者池澤夏樹さんの当全集月報記事から要約します。旧約聖書『サムエル記』にあるダビデ王の言葉。ダビデ王の息子アムノンが妹タマルを愛するようになり、別の兄弟アブサロムが近親相姦だとして、アムノンを殺します。しかし、アブサロムは王の部下によって殺されました。気に入りの息子だったアブサロムを失ったダビデ王は、「アブサロムよ、アブサロムよ!」と嘆くのでした。
この小説は、幾組かの語り手と聞き手の間での、語り継ぎの形式をとって、物語が展開します。聞き手の中心は、ハーヴァード大学在学中のクウェンティン・コンプソン。彼はjまず、主人公トマス・サトペンの再婚相手エレンの年の開いた妹ローザから、サトペンとその家族に起こった出来事を、聴きます。また、クェンティンは、サトペンの最初の友人であった祖父とその息子、つまり彼の父コンプソンから、ミス・ローザから聴いた話とともに彼女の語らなかった出来事や事件について、聴きます。祖父の語ったことは、サトペンが友人である祖父に話した初代サトペン(サトペンの父)やサトペンの生まれ育ち、そして彼の夢についてでした。そして聞き手クェンティンは、カナダ出身の同級生シュリーブ・マッキャノンに、語り継ぎます。こうした重層的な語りと聞きによって、19世100年間のアメリカ南部最深部の歴史が、サトペン家というひとつの家族の出来事と事件(=歴史)をとおして、極めてリアルに描かれます。編者池澤夏樹氏の小説『静かな大地』(朝日新聞社 03刊)の語り・聞きの手法を、思い出しました。池澤氏の小説は、よりわかりやすく洗練されたものですが。
« ヤン・ステーンがおもしろい | トップページ | 東北のキリシタン遺跡を訪ねて »
コメント