楊逸著『時が滲む朝』
この小説の表紙カバーの写真には、天安門広場とそこを通り過ぎる自転車の中国民衆たちが写っています。また帯には、「第139回芥川賞受賞作!」と大書され、「天安門事件前夜から北京五輪前夜まで 中国民主化勢力の青春と挫折」と記されています。これらから、本書が政治小説であることを強く予感させますが、私の関心は、中国からの越境作家が、日本の人や社会をどのように描写するのかということ、そして、来日20年という中国語を母語とする作家が、日本語で小説を書くスタイルと表現のあり方、といったことでした。
この小説の後半は日本が舞台となりますが、日本人はほとんど登場しません。ただ、主人公浩遠の妻梅は、中国残留孤児の王家の長女であり、ふたりの子どもを生んで、日本国籍を有する日本人として(浩遠は中国籍のまま)日本語を日常語とする家族をつくります。その浩遠と梅の恋は、尾崎豊の歌がきっかけでした。しかし、この家族はテーマではありません。現実の人間関係を通した日本人あるいは日本社会は、この小説では登場しません。著者楊逸(ヤン・イー)の日本イメージは、浩遠が中国での民主化闘争に挫折し、梅との結婚を機に初めて日本へきたときの、東京の第一印象として記されています。
「すれ違う人びと、老若男女、黄色い人種から、褐、黒、白、身近にこんなに多人種の人がいる。まさに世界に飛び込んだ気持ちになって感激がしばし納まらなかった」。
これは、楊逸のもつ自由と民主の国アメリカのイメージと重なり合っています。浩遠の眼をとおして見た著者の日本イメージは、桜の花のように明るく自由で闊達、面映い感覚におそわれます。日本人や日本社会の描写(勿論在日中国人との交わりにおける日本社会像)は、今後の作品を待ちたい。
ではもう一つの関心事、中国語を母語とする作家が日本語で小説を書くとどのような文体となるのか、についてはどうか。
まず、日本文のなかに挿入された四字熟語が、新鮮です。「衣錦還郷」「国家興亡、匹夫有責」「愛国無罪」などは、意味が理解できるとともにこの熟語に込められた力のようなものを、感じることができます。「我要民主」「我要自由」「我愛中国」がセットで登場し、この小説の主題が、表意文字としての漢字に端的に表現され、漢字を共有する日本人の私の眼に、翻訳ではなく直接、飛び込んできます。
詩人の甘先生が詩を朗読する場面で、著者は書きます。「感情たっぷりの深みのある声で、抑抑揚揚と・・・」。これは多分中国語の表現でしょうが、いかにも「わかり」ます。新しい「漢字・かな混じり文」の可能性さえ読み取ることができます。甘先生の朗読した徐志摩の詩が、成田に向かう飛行機のなかで、国を去る悲しみのなか浩遠の脳裏に響きます。中国近代詩が漢字のまま引用され、日本語訳を添えてはありますが、「さあ、漢字のままこの詩を読んでご覧」と著者は、日本人読者に挑戦するようです。
軽軽的我走了 (そっと、僕はもう行ってしまうんだ)
正如我軽軽的来 (そっとやってきたときのように)
我軽軽的招手 (軽やかに手を振り)
作別西天的雲彩 (西空の雲へのお別れの挨拶にする)
悄悄的我走了 (そっと、僕はもう行ってしまうのだ)
正如我悄悄的来 (そっとやってきたときのように)
我揮一揮衣袖 (軽やかに袖を振り払い)
不帯走一片雲彩 (雲を一抹たりとも持ち去らないように)
現在既にそうであるし、今後一層、日本語を母語としない人びと(外国人)が、日本の社会に私たちとともに住むようになります。そして、楊逸が生活のために日本語を学び、20年にして日本語作家として登場したように、在日非母語作家たちによる日本語文学の誕生を期待します。在日朝鮮人作家たちが、戦後の日本社会に価値の多様性と異化効果をもたらしたように、これらの在日非母語作家たちの活躍によって、日本の文化がより豊かになることを、心から願います。
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