秋の里山
暦では明日14日は中秋の名月。しかし体感では、やっと夏が終わり、秋の気配が漂い始めたところ。久々に、家まわりの里山を2時間ほど歩いてみました。
近くの畑では、オクラの花が咲いています。7月から収穫しており、あと1ヵ月近くは採りつづけます。収穫期間の長い野菜です。朝夕の犬の散歩のときいつも、近所の農家のご夫婦が、実を採っている姿を見かけます。先日は採り立てのオクラを両手一杯いただき、味噌汁にいれて美味しくいただきました。
小さなダムで堰き止められた池のほとりに、シュウカイドウ(秋海棠)が咲いていました。周辺では、ここだけしか見ることができません。毎年同じ時期に姿を見せ、明るいピンク色が、薄暗い竹薮のなかでひとり輝いています。突然大きな羽ばたき音がし、鳥たちが池から飛びたちました。この春、北の国へ帰らなかったマガモ数羽が、この池に住みついたようです。
山の小路に小さな鳥居が立っていました。右側が土手になっており、そこに産廃等のゴミを捨てるのを防ぐためです。都会の繁華街の立小便除けの鳥居と同じ効果を狙っているのでしょうか。しかし先月末のこと、家内が犬の散歩で山に上がっていったところ、大型冷蔵庫1台、洗濯機2台、バイク1台が、各々3ヶ所の崖下に廃棄されていました。組の班長を通して町役場に連絡したら、翌日回収してくれました。今日鳥居のしたをみたら再び、ブルーシートに包まれた廃棄物が、捨ててありました。
倒木した樹の根っこが腐ってできた窪みに、かわいいキノコが生えていました。ネットで調べたところタマゴダケのようです。食用可で美味い、とあります。臆病者の私には、採って食べる気はありませんが、野山のキノコは、花たちと同様観賞するものと決め込みますと、その姿と色はなかなか美しく、捨てがたいものです。
こんな奇妙なキノコがありました。シロオニタケ。食の可・不可の想像よりも、妖精や小人をイメージするほうが楽しい。これは幼菌で、大人は、次の写真。すぐ近くにありました。
こちらもまた、こどもに負けずユニークな姿をしています。根元はトックリヤシのようにふくらんでいます。
秋はキノコとともに実物が楽しみです。ヤマグリやアケビが、たわわに実をつけていました。隣家の主が10年以上も前に植えたイチョウも、今年は豊作のようです。いずれの実も、まだ青い。実物が完熟するのは、本格的な秋を迎えるこれからです。
里では、田圃の稲が穂を垂らし、畑の蕎麦が小さな白い花をつけはじめました。農家の皆さんの動きも何となく忙しげで、収穫の秋への準備がすすみつつあるようです。
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