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2008年10月11日 (土)

ロバート・B・ライシュ著『暴走する資本主義』

Photo  先日、キャノンのプリンターを、ネット(価格.com)通販で購入しました。キャノンを選んだのは、性能と使い勝手のよさからで、ネット通販を使ったのは、最大手の家電量販店よりも20%ほど安かったからです。
 キャノンが、偽装請負で厳しく批判され、それに反論した御手洗会長(日本経団連会長)の傲岸な態度に嫌悪感すら覚えたのですが。また、地元に本社を設置した家電量販店は、多くの雇用を生み出し、地元から大歓迎されました。しかし、消費者としての私は、上のような行動をとりました。
 R.B.ライシュ著『暴走する資本主義』(東洋経済新報社 2008.6刊)は、こうした「私」(もうひとつは投資家としての「私」)の行動に焦点を当てながら、現代の資本主義に鋭いメスを入れていきます。暴走する資本主義の主人公として、「私」が登場します。

 ライシュの議論の要点をメモします。
 1.1945年から1975年にかけ米国は、民主的資本主義のもとに、不完全ながらも「黄金時代」を迎えていた。大量生産・安定した雇用・利益の広範な分配などで、国民は安全で安定した生活を享受していた。また、公民権運動・メディケア制度・環境保護法等が前進し実現した。
 2.1970年代以降、資本主義は暴走し超資本主義と呼ぶ状況が生まれた。経済構造はずっと競争的な市場にシフトし、消費者および投資家としての私は飛躍的に成長し、一方、公共の利益を追求する市民としての私は、弱体化した。
 3.超資本主義は、技術革新(コンテナ・光ファイバー・通信システム・インターネット等)とグローバル化(グローバル・サプライチェーンの構築)と規制緩和(通信・航空・陸運・海運・金融サービス)によってもたらされた。 
 4.消費者としての私たちは、より多くの選択肢を手にし、よりよい物をより安く買うことができるようになった。投資家としての私たちは、企業の競争力の強化によって、より多くの配当を得ることになった。しかし反面、その結果もたらされた社会的悪影響(格差拡大・不安定雇用・地域社会と環境の破壊・国外での人権侵害・米国文化の荒廃)を懸念せざるを得なくなった。超資本主義時代は、私たちのなかに2面性を持つことになる。
 5.超資本主義は、経済と政治の間の境界線を越えて、政治の世界まで入り込んできて、民主主義を飲み込んでしまった。企業の代理人のロビイストは、競争優位を得たり競争劣位を避けるために、政治に接近しそれを支配した。
 6.民主的資本主義を21世紀にふさわしいように再構築すべきだ。そのためには、資本主義を民主主義から分離し、両者間の境界線を守る必要がある。

 キャノンのプリンターは、消費者である「私」に、利便と満足を提供してくれました。価格も十分に満足です。これは、企業間の熾烈な競争の結果であることは、明らかです。その競争を背景に、偽装請負や低賃金がはびこっている。これは、社会正義に反し、法律にも違反しているのです。では消費者の私は、こんな企業の製品をボイコットすべきではないか? ライシュはいいます。活動家や改革派の特定企業への攻撃は、疑うべきである。ライバル社が、顧客と投資家を奪うだけだ。改革派は、変更したい法律や規制を、大衆に働きかけるべきだ、と。ライシュの指摘を受けて私は、偽装請負を厳しく罰する法改正や労働者派遣法の労働者を守る立場からの改正、そして最低賃金のアップと違法企業への罰則強化などを実現していく政治を選択することこそ、市民として求められているのだと考えました。

 著者のロバート・B・ライシュは、クリントン政権で労働長官を勤め、民主党の大統領候補オバマ氏の政策スタッフとなっています。はたしてオバマ政権が誕生したとき、ライシュのいう民主主義の再構築が目指されるのでしょうか。今後のアメリカの政治の動向が注目されます。
 

 
 

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