沈黙の絵
上野の国立西洋美術館で現在、『ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情』展が開かれています。ハンマースホイ(1864-1916)は、デンマークを代表する画家で、日本への本格的な紹介は、本展が初めて。週末の朝、早速行ってみました。左の作品は、『室内、ストランゲーゼ30番地』(1901)。
6部構成の展示のうち、第4部「人のいる室内」に、特に強く惹かれました。画家夫妻が住んでいたコペンハーゲンのストランゲーゼ30番地のアパートの室内で、ひとりたたずむ妻イーダを描いたもの。イヤフォンから聴こえる解説は、17世紀オランダの室内画の強い影響を、指摘しています。
作品『室内』(1899)のイーダは、背を向けて大きな丸テーブルの手前に立っています。背の高いストーブとその左右のノブのとれたドアと椅子が1脚、これらが室内にあるすべてです。眼はイーダのうなじに引きつけられます。手紙を読んでいるのでしょうか、頭を軽く下げて広くなったうなじに、白い光が差し込んでいます。観賞者は懸命に、絵のなかに物語を読み解こうとするのですが、画面に出てくるのは「静寂と沈黙」のみ。フェルメールの室内画が、多くのことを語ってくれるのとは、対照的です。 もうひとつの作品『背を向けた若い女性のいる室内』(1904)は、もっとも気に入った作品のひとつです。上の作品では、光の当たる白いうなじが、観賞者の眼を拒むかのような冷たさを感じさせましたが、この作品のイーダは、やさしく暖かい印象を受けます。ほんのすこし右側に傾けた身体とうなじに差し込んだ肌色の光も、やわらかい。ピアノの上に置かれたパンチボウルも、室内の落ち着きを演出しています。左手には、盆のようなものを持っていますが、こちらのイーダも、なにも語ってくれません。
デンマークは、先に読んだ『アフリカの日々』(池澤夏樹編世界文学全集Ⅰ-08)の著者イサク・ディネセンの母国です。ハンマースホイの作品を観ていて、ディネセンの『バベットの晩餐会』という短編小説を原作にした同名の映画を思い出しました。デンマーク・ユトランドの海辺の村を舞台にした、貧しくはあるがゆっくりと時間の流れいく、わたしの大好きな映画のひとつです。モノクロのような落ち着いた景色を背景に、沈黙の支配する静かな映画だった記憶があります。わたしの持っている、数すくないデンマークのイメージです。画家ハンマースホイの世界も、こうしたイメージのなかにあります。
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