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実家の古いアルバムには、亡くなった父の軍隊時代の写真が、何枚かあります。その中の一枚には、大きな鳥居を背景に深い積雪を踏みしめる馬上の軍服姿の父が写っています。「昭和11年 北海道大演習 弘前にて」と記されていました。別の写真には、結婚したばかりの父と母が、高齢の鼻筋の通ったきりっとした感じの女性と父母よりやや上くらいの都会風の男性とともに、無表情にカメラに向かっています。男も女もみんな着物姿です。親戚の誰かなのでしょう。これらのセピア色の古い写真は、家族の歴史の断片を、静かに物語ってくれます。
ジャン・ルオー著『名誉の戦場』(河出書房新社 池澤夏樹編「世界文学全集」Ⅰ-10)は、フランス西部の小さな町に住む、何処にでもあるごく普通の、ある家族(著者ジャン・ルオーの家族)の肖像を小説化したものです。まるでわたしの家族にも有り得たような、決して特別でも何でもない、小説世界です。
アメリカの大手自動車メーカー3社(ビッグ3)が、経営危機に直面しています。250億ドル(約2兆4千億円)の救済融資をもとめて、ビッグ3のCEOたちがアメリカ議会公聴会で証言したニュースが、先週末の新聞とテレビで大きく報道されました。「政府が救済融資をしないと雇用不安などでアメリカ経済は崩壊する。われわれは金融危機の被害者だ」というゼネラル・モーターズ(GM)のリチャード・ワゴナー会長兼CEOの脅しのような証言は、自家用ジェット機でワシントン入りしたこととあいまって、議員たちの反感を買いました。
金融危機の深まりと広がりのなかで、実体経済のうち既に経営体力を弱めつつあった部分が、最初の悲鳴をあげ始めたのかもしれません。
先週読んだ「世界」12月号の特集記事「崖っぷちに立つ世界処方箋はあるのか?」に引き続き、「バブル崩壊、株価暴落のあとに必ず読まれる、恐慌論の名著」(帯から)といわれるジョン・K・ガルブレイス著『大暴落1929』(日経BPクラシックス 2008.9.29刊)を読みました。
ワシントンで開かれていた金融サミット(G20)が15日、宣言を採択し閉幕しました。宣言では、世界同時不況回避のための国際協調や金融市場の改革などがうたわれ同時に、各国の景気浮揚のための財政発動を求めています。はたして、世界恐慌は回避できるのでしょうか。
『世界』12月号は、「崖っぷちに立つ世界 処方箋はあるか?」と題した特集を組み、世界金融危機の背景と世界恐慌を回避する道筋を探っています。
丸の内OAZOの丸善で、新書としては不似合いに分厚い本が、文庫・新書コーナーに平積みにされていました。小熊英二・姜尚中編『在日一世の記憶』(集英社新書 08.10.22刊)。在日コリアン一世52人のライフ・ヒストリーを聞き取り、記録したもの。日本の植民地となった朝鮮半島に生まれ、生活苦や強制連行・徴用などによって来日し、戦後(解放後)も日本に留まらざるを得なかった人々とその家族たちの、貴重な証言集です。在日として生きつづける人たちとともに、私も日本人の1人として、これらの証言を記憶しつづけていきたい。日本社会での多様な人々の豊かな生き方を発展させ、それが東北アジアの平和と繁栄につながっていくことを希求しながら。
「集団自決に隊長命令はなく、名誉を傷つれられた」として旧日本軍の守備隊長らが、『沖縄ノート』の著者大江健三郎さんと出版元の岩波書店に出版差し止めと慰謝料を求めた裁判で、大阪高裁は先月31日、原告敗訴の一審判決を支持して、控訴を棄却しました。このニュースを受け、新聞社はいっせいに社説を掲げました。その多くが、「軍の深い関与が明白に」(沖縄タイムス)「地元納得の妥当判決」(琉球新報)「あの検定の異常さを思う」(朝日)「言論の萎縮に警鐘を鳴らした」(毎日)などと、判決を積極的に評価しました。一方右派紙は、「検定の立場は維持すべき」(読売)「判決と歴史の真実は別だ」(産経)と判決を批判しました。
土本典昭監督作品『水俣-患者さんとその世界』(1971制作)は、悲しく衝撃的な作品でした。チッソの垂れ流した工場廃液を原因とした有機水銀中毒で苦しむ水俣の人々を主人公としたドキュメンタリー映画です。悲惨で深刻な症状を抱えながらも、懸命に生きる患者さんとその家族の日常生活が、淡々と描かれていました。私は、自主上映の会場で、嗚咽(おえつ)をこらえながら、見つづけた記憶があります。
その土本典昭さんが今年の6月、お亡くなりになりました。末期の肺がんでした。緩和医療の実態を追い求めているノンフィクションライターの土本亜理子さんが、娘の立場からみた土本監督の最期の日々を、『緩和ケア病棟のある診療所で過ごして』(『世界』11月号所収)と題して報告されています。