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2008年11月24日 (月)

ガルブレイス著『大暴落1929』

 アメリカの大手自動車メーカー3社(ビッグ3)が、経営危機に直面しています。250億ドル(約2兆4千億円)の救済融資をもとめて、ビッグ3のCEOたちがアメリカ議会公聴会で証言したニュースが、先週末の新聞とテレビで大きく報道されました。「政府が救済融資をしないと雇用不安などでアメリカ経済は崩壊する。われわれは金融危機の被害者だ」というゼネラル・モーターズ(GM)のリチャード・ワゴナー会長兼CEOの脅しのような証言は、自家用ジェット機でワシントン入りしたこととあいまって、議員たちの反感を買いました。
 金融危機の深まりと広がりのなかで、実体経済のうち既に経営体力を弱めつつあった部分が、最初の悲鳴をあげ始めたのかもしれません。
 先週読んだ「世界」12月号の特集記事「崖っぷちに立つ世界処方箋はあるのか?」に引き続き、「バブル崩壊、株価暴落のあとに必ず読まれる、恐慌論の名著」(帯から)といわれるジョン・K・ガルブレイス著『大暴落1929』(日経BPクラシックス 2008.9.29刊)を読みました。 

 本書は1955年に初版が発行されて以来、半世紀以上にわたって版を重ねてきました。97年版の前書きに、著者は「バブルや株安など何事かが起きる・・・と、この本への関心が高まる」と述懐しています。そして今回、まさに世界が金融危機で大きく揺れる渦中に、新訳本が発行されたのです。
 まず、1929年秋の株価大暴落以前の、土地と株への熱狂的な投機バブルが紹介されます。投機家が手持ち現金のみで土地や株に投資する分には、儲けもリスクもその現金の額の範囲に止まります。そこである仕掛けが登場します。土地の場合には、「土地そのものでなく、表示された価格で土地を買うことができるという権利」、つまり「手付証書」の売買です。これだと、手持現金より10倍広い土地を買うこともできるし、土地価格が上がり「手付証書」を売ると、儲けも10倍となります。しかし、価格が下がれば、リスクは10倍。株の場合は、「証券会社から金を借りて株取引する仕組み」である「信用取引」が登場します。投機家は、買った株を担保とするとともに保証金を差し入れます。株価が上昇する限り、自己資金なしで値上がり益を享受することができます。逆に株価が下がった場合には、追加の保証金(追証)が発生します。株価が暴落するとこの追証によって、投機家は没落していきます。この信用取引で買った株を担保にしたブローカーズ・ローン(コールローン)残高は、1920年代末に向け激増し、その利率は1928年初約5%だったのが年末には12%に達し、世界中から大量の資金がウォール街に流れ込むようになります。
 1920年代後半に登場した、株投機のためのもうひとつの仕掛けが、会社型投資信託です。1929年には、投資信託の組織数も資産額も、激増しました。「投資信託の魔法の力」は、専門知識、市場操作手腕、天才的頭脳、そしてレバレッジでした。今回の金融危機においても、すっかり馴染みになった「テコの原理」です。このレバレッジによって、巨万の富を得た人々や投資会社が、ウォール街にたむろしていたのです。ここにゴールドマン・サックスが登場します。レバレッジは、幾何級数的に増えるとともに、幾何級数的に減少します。ゴールドマン・サックス・トレーディングの株価は、発行当初104ドルだったのが、株暴落の数年後には、1.75ドルになりました。
 1929年10月24日、木曜日。恐慌相場の始まった日。著者は、この日の前後の株価動向を丹念に追跡し、上げ下げの要因を分析していきます。そして1929年の大暴落の特徴を「最悪の事態がじつは最悪でなく、さらに悪化し続けたことである。今日こそこれで終わりだと思われたことが、次の日には、あれは始まりに過ぎなかったのだとわかる」のでした。1929年を2008年と書き換えても、ガルブレイスの記述がそのまま、現在の株価動向に当てはめることができそうです。29年10月29日火曜日、ニューヨーク証券取引所は、史上最悪の日となります。売り一色、買いゼロの底抜け相場。「この最悪の日に最悪の経験をしたのは、製造業ではなく会社型投資信託」でした。先にあげたゴールドマン・サックス・トレーディングは、前日終値60ドルが35ドルまで下げています。
 株価は年明け大幅な回復をした後、6月には再び大幅ダウン。「その後はごく一時的な例外を除き、市場は毎週、毎月、毎年下落に次ぐ下落を演じ、それが32年6月まで続いた。ようやく底を打ったときには、大暴落当時の最安値がなつかしくなるほどだった」。29年11月13日のタイムズ平均224ドルが、32年7月8日58ドルに。GMは、73ドルから8ドルにまで落ち込んでいます。(なお、今回の金融危機にともなう株暴落では、GM株は、昨07年10月43ドルだったのが、今年の11月20日には2.88ドルまで下がっています。2008年金融危機の深刻さのレベルが窺えます。)最も悲惨だったのが、投資信託株。29年9月117ドルだったある投信株は、32年7月には50セント近くまで落ち込みました。08年金融危機の主人公が投資銀行であったとすれば、29年大暴落の主人公は、この投資信託会社であるといえます。
 1929年の株の大暴落のあと、GNPは大幅にダウンし(33年は29年の3分の2)、失業者数は激増します(33年1300万人、失業率25%)。大恐慌がやってきたのです。この大恐慌は10年間続きます。ガルブレイスは、この長期間続いた大恐慌の原因を、持ち株会社や投資信託会社の破綻、経営基盤の脆弱な銀行の連鎖倒産、輸出の減少と債務国のデフォルト、そして無能力な経済学者と政府による無策ぶりを指摘します。そして原因として最初にあげているのが、所得分配の偏りです。総人口の上位5%の金持ちが、所得総額の3分の一を占めていました。また富裕層特有の利息、配当、賃貸料といった不労所得の比率の大きさも指摘しています。経済は、これら富裕層による投資や贅沢品の消費への依存度が高くなります。
 「証券価格の暴落は、まず富裕層を直撃した。・・・この層の支出や投資に打撃を与えるような要因は、広く経済全体の支出や所得にも影響をおよぼさずにはおかない。まさにその打撃が株式市場の大暴落だった。その結果、株の儲けを気前よく使うことで成り立っていた経済のつっかえ棒がいきなり外されてしまったのである。」
 ガルブレイスは、将来の株暴落と実体経済へのを影響を論ずる箇所で、所得分配の偏りの是正(48年には最高所得層5%が個人所得総額の五分の一まで減っている)などによって、29年からの大暴落・大恐慌の再現はないだろうと、楽観しています。しかし、新自由主義の影響力の強まった80年代以降、アメリカの所得格差は拡大し続け、上位10%の高額所得者層の所得総額に占める比率は、2004年には48.5%となり、28年の49.3%水準になっています(70年代はほぼ30%台)。ガルブレイスの楽観は、この点に関して言えば、今回の金融危機においては通用しないかもしれません。
 最後に、ガルブレイスは、大暴落が発生したときの時代の空気について、次のように記します。「当時の無気力な空気は、何か手を打つことをことごとく妨げた。ことによるとこれがいちばん問題だったかもしれない。1930年から32年にかけては、現実に食うに困る人がいた。自分がそうなるのを恐れる人もいた。金持ちから貧乏人に転落し名誉も地位も失って茫然とする人もいたし、次は自分だと考えて怯える人もいた。そして誰もが絶望感にさいなまれていた。どうせ何をしても無駄なのだと皆が感じており、政策もそうした無力感に支配されていたために、結局ほんとうに何もすることができなかった。」
 1930年代の空気は、2008年金融危機の今の空気と、あまりにもよく似ています。日米両現政権の無気力ぶりは目を覆うばかりで、両政権にはさっさと退場していただくのは当然のことです。オバマ次期大統領と総選挙後の日本の新政権が、有効かつ迅速な政策を大胆に講じ、金融危機を乗り越えて大恐慌を招来させないことを、期待せざるを得ません。
 
 

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