« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »
黄晳暎(ファン・ソギョン)著『パリデギ』の「あとがきにかえて」に、翻訳者の青柳優子さんが、「第1回東アジア文学フォーラム」のことに触れています。黄晳暎さんは、このフォーラムに積極的に参加し、貴重な発言をしています(後述)。
私は昨年の暮れ読んだリービ英雄さんと大江健三郎さんの対談で、このフォーラムが話題になっていたのを思い出します(リービ英雄著『越境の声』所収 岩波書店07.11刊)。このなかで、リービ英雄さんは、「西洋の近代文学とは違ったもう一つの近代文学の大きな可能性の空間として、東アジアという空間がとても必然的なものになってきている気がします」と発言し、大江さんは、「東アジアをみたとき、経済的構想は大きく進み、政治的構想は行き詰っていますが、第三の、文化的構想というもののノロシをはっきり上げておきたい」と受けています。
少女の名は、パリ。7人姉妹の末っ子で、一度は森へ捨てられた子。「パリデギ=捨てられし者」から名づけた祖母は、「パリ王女(デギ)」の意味を含意させていました。パリ王女は、両親と世の中の人を助けるために、日の沈む西天にある生命水を汲みにいってみんなを救った、という説話の主人公。祖母が、少女パリに託した救済への希望です。
韓国の越境の作家、黄晳暎(ファン・ソギョン)著『パリデギ 脱北少女の物語』(岩波書店 08.12刊)が翻訳・刊行されました。。
「分離帯からその黒い物体が離れた。
後ろ脚で直立した黒い鹿のように見えた。
黒い鹿が、一瞬首をまわしてから、直立のまま車線の中へ走り出した。走り出したとき、上着もズボンも黒い、やせた男だということと、五十歳ほどの年齢も分かった。
ノンミン!と運転手がするどく叱る声をもらした。」 (リービ英雄著『仮の水』(講談社 08.8刊)より)
高速道路とそこを横断する農民。越境の作家リービ英雄が日本語でとらえた現代中国の一断面です。先に読んだ水村美苗さんの「日本語を母語としない人でも読み書きしたくなる日本語」(『日本語が亡びる時』)を想起させるような、英語を母語とする日本文学作家による、美しく歯切れのいい日本語作品です。
評論家の加藤周一さんが12月5日、亡くなられました。1970年代から幾冊かの評論集を読み、最近では朝日新聞の「夕日妄語」を楽しみに読んできました。これらの作品は私にとって、それぞれの時代の日本と世界の出来事や事象を読み解く、羅針盤のようなものでした。古今東西の思想と文学と芸術をこよなく愛し、言葉の力を信じ、平和を求め続けた、まさに現代日本を代表する偉大な知識人でした。
日曜日夜、NHKのETV特集「加藤周一 1968年を語る~『言葉と戦車』ふたたび」が放映されました。加藤さんは、入院直前の今年夏、「どうしても語り伝えたいことがある」としてインタビューに応じ、1968年を思い起こしながら、閉塞感に押し潰されようとする現在の日本と世界の人々に、最後のメッセージを遺されました。加藤周一さんへの哀悼の気持ちをこめて、インタビューで語られたメッセージを、書き留めておきます。
今年の6月、猪苗代湖へ行ったとき、安積疎水の取水のための水門-十六橋水門と上戸水門-を訪ねました。いつもながら、仕事の合間をみての見学なので、一度には全体を見ることはできません。取水口の次には、安積疎水の中間水路と安積開拓の地を見たいと思っていましたが、思いのほか早く、そのチャンスがやってきました。この水曜日、郡山市内の安積開拓発祥の地にいきました。
言葉の有史以来の異変。
そのひとつ。地球にある六千の言葉の八割が今世紀末までに絶滅すると予測されていること。
二つ目の異変。普遍語としての英語が、世界全域で流通し始めたこと。
では日本語は、亡びるのだろうか。亡びることを避けるためには、何をすべきか。
著者の水村美苗さんの、本書上梓の問題意識は、以上のことに尽きます。内容は、表題どおりに挑戦的であり刺激的ですが、論旨は明快で説得力があり、奥が深くかつ広大な言葉の世界に、思わず引き込まれました。