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2009年1月17日 (土)

オバマ大統領の誕生

  今朝とどいたAMLメーリングリスト(オルタナティブ運動メーリングリスト=反戦・環境・人権運動のためのネット・メディア)を開き、イスラエル軍のガザ攻撃によって犠牲となったパレスチナの人びとの写真を目の当たりにして、彼らの恐怖心と絶望感に言葉をなくしました。孫のような幼い子どもの遺体を、目を背けたい気持ちを抑え見つづけていると、体の奥のほうから怒りと悲しみが込みあげてきます。イスラエル政府に唯一、強い影響力をもつとされるアメリカ大統領の、新旧交代の狭間を狙った戦略的な爆撃だというような解説は、悪魔の声としか聞こえません。

 1月20日、バラク・フセイン・オバマ氏が、アメリカ新大統領に就任します。「世界2月号」(岩波書店)は、特集『オバマ新大統領の挑戦-何をどう変えるのか』(84ページ分)を掲載し、オバマ新政権の構想とその行方を探っています。
 佐藤学稿『オバマはなぜ勝てたのか-新大統領を待ち受ける困難』は、オバマ勝利の背景を探り、その政権運営への影響について言及しています。佐藤氏は昨春段階では、アメリカ社会が「黒人」大統領を選出するまでには啓けていないために、オバマの勝利はないとの予測をしていたと告白します。「全てを変えたのが金融危機」でした。「金融危機とそれに伴う将来への懸念が、米国民に人種の壁を乗り越えさせたとすれば、それは金融危機の深刻さを示すと同時に、人種の壁が、経済危機があれば乗り越えられるほどに低くなっていたことを意味する」と筆者は指摘します。ただし、オバマは白人票では43%対55%(出口調査)と大差をつけられており、必ずしも白人社会の多数が、オバマを受け入れたためではないことに留意します。
  新大統領を待ち受ける最大の困難は、金融・経済危機への対応にあたり、「ケインズ主義も社会主義もすでに導入され、それぞれの限界を経験した後である現在、全く新たな構想が存在しない点」であるとしています。そして最初の難関が、自動車産業をどうするか。
 対外政策については、イラク撤退、アフガニスタン戦争重視の立場ながら、単独での大規模な軍事行動をとることは困難となり、「諸外国が彼に対して抱いている「好意」を最大限活用して、経済的負担の大きな軍事行動を避ける方向に進まざるをえない」とやや楽観的な見通しをしています。
 宮前ゆかり稿『「変革」への出発?オバマ新政権の人事を読む』は、新政権の人事を見渡しながら、「オバマの変革」の実現の道筋を探ります。金融・経済危機に立ち向かう新政権の経済チームについては、「拮抗する政治ライバルを身内に抱える方針を取っているとする推測は、特に経済政策人事に顕著に反映されている」と指摘します。サマーズ国家経済会議委員長、ガイトナー財務長官およびオーザグ行政管理予算局局長に対する評価が、端的にそのことを示しています。いずれもクリントン政権時代の財務長官ルービンにつながる人脈で、市場優先、自由貿易、規制緩和を信奉し、金融崩壊の元凶と目されている人たちです。
 外交・軍事等の対外政策にあたるチームも、「ブッシュ政権外交路線からそれほど遠くない好戦タカ派、イスラエル支持、NAFTA支持でネオリベラリズム路線上にいるクリントン政権右派」の政治家たちです。
 だからオバマを支持してきたグラスルーツは、「オバマ大統領が閣僚を十分に動かして、公約である「革新的」政策を実行することが可能なのか」と懸念を深めています。しかし、「市民は醒めた目でオバマ政権誕生プロセスに焦点をあてはじめ・・・ワシントンのロビイストや企業圧力を排して、民主的な改革を前に出そうと、労働組合やグラスルーツ運動から圧力体制の組織化」を進めています。筆者は、「オバマという個人を過大評価することなく、民主主義政治の責任を自らの手で築き上げよう」 とする人びとの運動に注目したいと結んでいます。
 この「世界」特集には9本の論稿が寄せられていますが、最後に登場するアメリカ在住の作家米谷ふみ子さんの『アメリカ大統領選挙の風景』が、最もおもしろく臨場感あふれる報告でした。米谷さんは夫や友人とともに、アメリカにおいて反戦運動に取り組んでおり、その様子を随時「世界」誌上に報告されています。
 米谷さんは、キング牧師の夢が実現した、マンデラが出獄し南ア共和国大統領になったとき同様にとても感激した、と興奮を隠しません。知的なコメディアンたちや多くのメディアの応援が、オバマ勝利の一因だったと教えてくれます。新しいファースト・レディになるミッシェル・オバマを「素晴らしい判断力、ユーモア、インテリジェンス」と手放しでほめます。ブッシュとその政権にうんざりとしていた多くのアメリカ人が、オバマの当選を心から喜び、感動している様子が伝わってきます。
 米谷さんも、クリントンやゲーツのようなタカ派が政権入りしたこと、また、ウォルストリートを滅茶苦茶にした人たち(サマーズやガイトナーたちのこと)が不況対策のために任命されたことに対して、大きな失望感が高まっていることを報告しています。こうした危惧に対してオバマは、「指揮者は僕なのだから、同じ人々でも政策は僕が決めます。個性が強く確固たる意見のある人々から意見を聞きたい。Changeはあります」と記者会見で応えたということです。米谷さんは、アメリカの心ある多くの人たちとともに、「そうでありますように」と念願して、報告を終えています。
 きょう現在、最も悲しいことのひとつ、イスラエル軍によるパレスチナ攻撃と大量虐殺を前にして、20日に新大統領となるオバマ氏が、どのような役割を果たそうとするのか、また、果たすことができるのか。選挙期間中も一貫してイスラエル支持の立場を堅持してきたオバマ氏ですが、彼の現実主義によってとりあえず「停戦」に持ち込むことを、願わずにはおれません。

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