派遣村の衝撃
年越し派遣村は、自動車や電機業界などによる大量の派遣切りによって、職と住を奪われ生命の危機にすら陥りそうだった人びとを救うために、NGOと労働組合が緊急避難的につくりだした、已むに已まれぬ駆け込み寺的な取り組みでした。しかし派遣村は、メディアの積極的な取材活動等も手伝って、日本の社会に大きな共感の輪を広げ、その後の派遣労働のあり方の論争に、強い影響力を発揮しています。
「世界」3月号(岩波書店刊)は、『雇用の底が抜ける-〈派遣切り〉と〈政治の貧困〉』と題した特集を組み、労働者派遣問題に迫っています。
派遣村の「村長」湯浅誠さんは、派遣村にやってきた500人を超える人びとのなかから、飛び降り自殺をはかって警察に保護され警察官が連れてきた人のことや、ハローワークから回されてきたひと、さらに福祉事務所から「あそこに行けば何とかなる」と回されてきた人などの事例を紹介しています(インタビュー『派遣村は何を問いかけているのか』)。警察もハローワークも福祉事務所ですら、職と住を失って彷徨する人びとを救う手立てを持っていない。日本のセーフティーネットの貧困さを象徴する出来事です。湯浅さんは、3月末の有期雇用契約の満期雇い止めによる多くの人びとの失業を予想し、これに対する政府の対応の遅れと、政治の危機感のなさを警告しています。
派遣村設置に重要な役割を果たした反貧困ネットワークの代表、宇都宮健児弁護士は、「日本は先進国では既に米国に次ぐ貧困大国となっている」と指摘し、その実態を以下のように報告しています(同氏稿『反貧困運動の前進 これからの課題は何か』)。
1.相対的貧困率(平均的世帯所得の半分以下の世帯の比率)は、(比較可能な)OECD加盟国17ヶ国中、米国の次の2番目の高さ。
2.貯金ゼロ世帯数は現在、約3000万人(80年代5%前後、90年代10%前後、06年22.9%)。
3.国民健康保険料滞納世帯数は、00年370万世帯から07年475万世帯へ急増。
4.生活保護受給世帯は、08年112万世帯156万人(46万世帯61万人増/10年間)。
5.ワーキングプア層(生活保護水準以下の勤労世帯数)は、97年458万世帯12.8%から07年675万世帯19%へ増加。
6.非正規労働者(パート、アルバイト、派遣労働者等)は、07年1893万人35.5%と過去最高に達した。
宇都宮弁護士は、こうした貧困問題を解決するための当面の課題として、ワーキングプア対策の強化とセーフティネットの強化を訴えています。前者では、先進国では最低水準にある最低賃金の大幅引き上げ、正規労働者と非正規労働者の間の均等待遇の確立、日雇い派遣・登録型派遣の禁止等の労働者派遣法の改正、そして雇用保険制度の改善を求めています。また後者では、生活保護制度の充実、社会保障費2200億円削減方針の撤回、低所得者に対する無利息・低金利の公的融資制度の充実、公営低家賃住宅の大量供給、高等教育の無償化などを、求めています。そして最後に、宇都宮さんは、「反貧困運動は、平成の世直し運動である」と宣言し、日本を貧困のない社会にしていこうと熱く訴えています。
特集の外ですが、「世界」連載の神保太郎稿『メディア批評・第15回・「派遣村」から見えてきた希望』には、筆者が「年越し派遣村」の報道を見ながら、アキバ事件の加藤智大容疑者のことに思いをはせる箇所があります。「あのとき、派遣村のような場所があったら、彼もきっとそこを訪ね、あんな事件は起さなかったはずだ」と。筆者の神保太郎さんは、ジャーナリストが伝える「村民」だった人たちの感謝の言葉を聞くにつれ、加藤智大容疑者こそが、「そういう経験ができる機会を、のどの渇きを癒したいと思うように、切望していたはずではないか」と、痛恨の思いで書き記しています。今月号の「世界」で、最も印象に残った評論です。
しかし、派遣村に衝撃を受けたはずの政治は、その後も、あの体たらくのままです。湯浅さんらが懸念する3月末対策は、政治の世界からは何も聞こえてきません。労働者派遣法の改正問題も、どのようになったのでしょうか。未だに定額給付金論争に明け暮れ、麻生首相の郵政民営化見直し発言とそれへの反発が政治の中心に踊り出てき、貧困も雇用も派遣も、どこかへ行ってしまった様相です。政治に対するニヒリズムが、徐々に忍び込んでくることを、懸念します。
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