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2009年2月 1日 (日)

飯嶋和一著『出星前夜』-民を死に追いやる政事-

Photo 「その星は、北斗七星の杓の柄の二番目に当たる開陽星脇に、小さく見える星だった・・・その小星に祈れば、児の病は必ず治ると信じられ」た、と著者はこの小説の最後に書き記しています。この「星」は、大坂にあって貧しい人びとに無償の医療を施し、世に評判も高く、生涯あばら家暮らしを続けた町医者、北山寿安のこと。この寿安は医者となる前に、幕藩体制を揺るがす大きな事件を経験しました。
 飯嶋和一著『出星前夜』(小学館 08.8刊)は、島原の乱(1637~38年)を題材に、キリシタンを中心とした蜂起勢と幕府討伐軍の内部にわけいり、それぞれの陣営内で人びとの織り成す人間模様を、見事に描き出しました。

 藩主松倉勝家は、島原藩領南目31か村の農民から、幕府公認石高の2倍以上の年貢米を徴収し、過酷で異常な搾取をしていました。さらに、この3年の冷夏・暖冬による米麦の不作と台風による大被害が重なり、村は飢饉と疲弊の極みにありました。こうしたなか、子どもたちは、次々と傷寒(流行病)に倒れ、死んでいく事態に陥ります。
 キリシタン大名有馬晴信の重臣だった鬼塚の庄屋甚右衛門は、、晴信失脚後はキリスト教を棄てましたが、依然キリシタン組織の組親(リーダー)でした。その甚右衛門が頼んで呼び寄せた長崎の医師外崎恵舟を、松倉家の代官所は追放してしまいます。これに怒った寿安をリーダーとする54名の子どもたちは、このままでは傷寒(流行病)で死んでいくだけだと絶望し、額に十字の印を刻んだ異形の姿で、森のなかの教会堂跡にこもります。寿安たちは、偶然起こった代官所の火災の犯人とされ、成敗に来た代官所の者どもを迎え撃ちました。代官所の者は、9人が殺され4人が深手を負うことに。
 これが、2万4千人の領民が村を捨てて原城址にこもり、幕府軍7万人を相手に戦った島原の乱のきっかけとなった事件でした。そして物語は、甚右衛門と寿安を中心に展開していきます。
 甚右衛門は、現実主義者です。松倉家の圧制に抗することなく、農業技術の改良と普及に指導力を発揮し、村びとの生活をすこしでもよくしょうと努めてきました。こうした態度に対し、多くの村びと、とくに寿安たち若者は、腰抜けだと反発し非難します。しかし飢饉の年にかかわらず、圧制と搾取を続け、救荒米の約束を反古にした松倉藩に対して、他の庄屋とともに遂に蜂起することを決意します。庄屋甚右衛門の苦悩する姿が、印象的です。しかし、公然と島原藩に反旗を翻したあとの甚右衛門は、武将鬼塚監物にもどり、蜂起勢を指揮します。優れた戦国武将の血筋がみてとれます。勿論、キリシタンとしての信仰心の篤い武将です。甚右衛門の娘加奈の死は、悲しい。棄教を拒んで首だけを出した生き埋めの拷問にあい、狂ってしまいます。そして座敷牢に入ったまま死亡、寿安たちの決起の大きな切っ掛けとなります。
 寿安は、自分たちの起した松倉家に対する攻撃が、町衆も巻き込んだ火付けや強奪などの大混乱となり、もはや自分たちの思いとはかけ離れてしまったことに、絶望します。そして、雲仙岳を越え姉の嫁ぎ先へ向かいます。そこで待ち受けていたのは、傷寒(流行病)に倒れ死んでいく子どもたちの姿でした。この子どもたちのために、外崎恵舟を訪ねて長崎に潜入しました。長崎では思いもかけず、恵舟の弟子となって医者の道へと歩むことになりました。
 
 著者の飯嶋和一さんは、この『出星前夜』で、2008年度の大佛次郎賞を受賞しました。1月29日の朝日新聞朝刊には、朝日賞、大佛次郎論壇賞とともに、同賞贈呈式の模様が報道されています。論壇賞受賞者は、派遣村活動などで大活躍の『反貧困』の著者湯浅誠さん。記念写真には、飯嶋さんと湯浅さんが、後列に2人並んで写っています。370年前の幕藩体制のもとでの圧制と貧困に苦しむ農民を、真摯な筆致で描いた歴史小説家と、現代の新自由主義による規制緩和のもとで呻吟する貧しい労働者の救済に立ち上がっている運動家の2人が、こうして並び立っていることに、歴史からのメッセージを読むことができます。職と住いから追放された労働者の状態は、島原の乱の時代の農民と、如何ほどの違いがあるのでしょうか。解雇された派遣労働者の餓死と自殺のニュースが、既に新聞やテレビで報じられ始めています。まさに、「民を死に追いやる政事(まつりごと)のどこに正義があるというのか」。

 

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