もうひとつの世界への胎動
昨秋のリーマン破綻に端を発した金融危機は、実体経済を直撃し、深刻かつ広範な世界同時不況・経済危機をもたらしました。この金融・経済危機は、国家財政や企業経営に破滅的な影響を及ぼしつつあると同時に、地球上のあらゆる地域の人びとの仕事と暮らしに、取り返しのつかない打撃を与えつつあります。
100年に一度(論者によっては資本主義はじまって以来)という未曾有の危機をもたらした原因が、新自由主義に基づく政策であり市場原理主義者たちであることは、多くの論者の一致するところです。そして、この危機打開のための新たな道の模索が、真剣かつ活発になされ始めています。「世界」(岩波書店)5月号は、こうした動きを伝えてくれます。
オーストラリア首相ケヴィン・ラッドは、『世界金融危機からの脱出』と題した16ページにわたる長大な論文を寄稿し、現在の危機のイデオロギー上の起源を分析したうえで、求められる新しい体制は「社会民主主義以外に道はない」と明快に論じています。それは、「能動的な政府によって明瞭に規制された開かれた市場のシステムであり、そして競争的市場が不可避に生み出すより大きな不公平を引き下げるよう、政府が介入するシステムである」と定義されます。この論稿が、論理的で説得力を持っていることと同時に、現職首相の手になるものであることに、強く惹きつけられます。連載中の宇沢弘文・内橋克人対談『新しい経済学は可能か』も、経済学の立場から現在の危機の原因に迫っています。
オバマの大統領就任直後から書き始められた金子勝&アンドリュー・デウィット稿『オバマの100日革命』の3回連載は、今月完結しました。著者はまず、「オバマを何をするのか」と問い、その答えとして3つのチェンジ(転換)に焦点を絞ります。第1は金融危機の克服と新しい金融規制の提示、第2はグリーンニューディール、そして第3は政治的リーダーシップの新しいスタイルの確立。ここでは、第2の「グリーン・ニューディール」について紹介しておきたい。この課題は、連載3回目の今月号に詳しい。
オバマのグリーン政策は、総額7870億円の景気対策のうち1000億ドルに過ぎません。しかし、金額の多寡での評価は誤っている、と指摘します。何故ならば、オバマのグリーン政策は、次の3点で画期的であるからです。第1は、①規制(排ガス規制、再生エネルギー電力化促進特別措置法)による投資誘導政策であること、②環境税・再生可能エネルギーの固定価格買取制度など、財政収入と投資刺激の両面をもっていること。第2は、環境エネルギー先進州(カリフォルニア等)の全国化政策であること。第3に、オバマの予算案は、化石燃料・原子力産業へのサポートから持続可能な資源への積極的サポートへと、財政制度の再構築を計画していること。こうして著者は、オバマ政権の「環境エネルギー分野における提案は歴史的である」と高く評価し、いままさにアメリカにおけるオバマの「緑の闘い」が始ったと熱い視線を送ります。ところが日本は、「何も選んでおらず、世界のどこにも存在していない-ただ時代から取り残されようとしているだけなのだ」と、極めて手厳しく日本政府を批判し、この連載を終えています。全電力の10%以上を既に、再生可能エネルギー(太陽光、風力、地熱)による発電に依拠しているカリフォルニア州のグリーン人脈が、オバマのグリーン・ニューディールをサポートしている姿は、この壮大かつ歴史的な政策の実現性に、大きな希望を見い出します。では、金子&デウィットによって厳しく批判された日本では、グリーン・ニューディールの可能性はどうなのでしょうか。特集『日本版グリーン・ニューディール』が、この課題に挑戦します。
特集の冒頭論文、佐和隆光稿『経済成長のパラダイム・シフト』は、「地球環境の保全を第一義とする「新しい経済システム」の構築は、史上屈指の投資機会を私たちに提供してくれることを解き明かそう」とするものです。まず著者は、20世紀が電力と石油を動力源としたイノベーションによって経済成長を果たしてきた世紀だと、振り返ります。つまり「二酸化炭素排出の世紀」であったのです。自動車や家電製品の普及が、高い産業連関的波及効果を発揮しつつ、20世紀の経済を牽引してきました。ところが2000年を過ぎると、携帯電話、パソコン、デジカメ等のデジタル製品が登場しますが、これらの産業連関的波及効果は低く、実質経済成長率も低位にとどまります。成長を駆動するため、次に期待される耐久消費財は、エネルギー・環境関連財しか見当たらない。グリーン・ニューディールの意味はまさにそこにあると、筆者は指摘します。そして具体的には、太陽光発電パネル、定量型燃料電池および電気自動車について考察されます。たとえば、太陽光発電パネルの普及のためには、ドイツをはじめヨーロッパ諸国の経験から、再生エネルギーにより発電される電力の電力会社による「固定買取(フィード・イン・タリフ)制度」が有効な政策です。政府によるインセンティブの賦与がなければ、これらの技術は普及しません。はたして日本の政府は、これらのことを迅速に仕掛けていくことのできる「賢明な政府」なのでしょうか。
飯田哲也稿『日本の環境エネルギー革命はなぜ進まないか』は、日本政府が賢く機能してこなかったことを報告します。たとえば、太陽光発電市場についていえば、2004年にドイツに追い抜かれ、2008年にはスペイン、アメリカ(カリフォルニア)、韓国、イタリアにも抜かれ、世界6位に転落しました。しかも日本市場は、縮小の一途を辿っており、政策の失敗は明らかだと批判します。これに対して、オバマの「グリーン景気刺激策」であるグリーンニューディール政策は、「賢く機能する」政策が特徴だと高く評価します。なかでも、「スマートグリッド」構想の画期性に注目しています。スマートグリッドとは、「インターネットなど情報通信技術と太陽光・蓄電池などの分散型エネルギー技術を活用して、電力ネットワークシステムを革新するもので、次代の産業イノベーションの芽として期待されている」。(スマートグリッドは、気象によって変動する風力発電や太陽光発電の余剰電力を、プラグイン・ハイブリッド車に充電し、電力不足が生じたら、送電線へ送り返す、といった電力需給制御を可能とする送電網技術(槌屋治紀稿『石油の終焉から持続可能なエネルギーの時代へ』から)。
いずれも、オバマ大統領の「グリーンニューディール政策」を高く評価し、強い期待感を表明しています。その反面、日本政府の失政と愚かしさの指摘が際立ちます。ドラスチックな政治の改革が、どうしても避けることができません。
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