移ろう花たち
ベルギーにいる娘からクリスマスプレゼントにと贈ってきた純白の胡蝶蘭は、しばらくの間、病床に臥す母の目を、楽しませてくれました。珍しい花だ、生まれてはじめて見た、と大変喜んでいました。この白い花と母の命は、どちらが長く保(も)つかなあ、と瞬時思ったことを思い出します。そしてこの花は、立春をすぎた頃には花弁をみんな落としてしまい、意外と早く終わりました。そのころから、母が食事を取れなくなったときのことを、心配し始めました。2月末には、庭の豊後梅が例年よりも10日以上早く開花し、車椅子に母を乗せて座敷から観梅を愉しみつつ、ああ梅の花に間に合ったと、ひそかに喜びました。そして、昨年の春の、ひ孫たちとの賑やかだったお花見を思い出しつつ、桜の咲くころまでなんとかもって欲しいと願いました。しかし3月の半ば頃から、食は極端に細く、四肢を自ら動かすことも困難となり、完全に寝たきり状態となりました。医者や看護師の言葉の端々に、母の命はさほど長くないことが、示唆され始めました。4月、庭の桜が咲くと同時に、母は絶食状態となりました。看護師の経験では、母のような病状の場合、ほとんどが絶食後2週間以内に亡くなっている、ということでした。その2週間をすぎた今日の朝、母は空腹を訴え、牛乳を数滴、口に入れました。この半年、毎朝測ってきた血圧計が、腕が細くなりすぎて使うことができなくなりました。長いことお世話になりました、と家内に手を合わせて礼をいったのは、昨日のことでした。20年前に亡くなった私の息子が、ひとり寂しく待っているので早くいってやる、ともいいました。私には、兄弟仲良くすごすようにといいました。
庭の染井吉野の木は、ヤマモミジとともに、眼に眩しい新緑へと変わりました。また、牡丹と藤の花芽が大きく膨らみ、オオデマリの花が徐々に、淡い緑色から白色へと変わりつつあります。母の耳元でゆっくりと、この自然の移りゆく様子を語りながら、母もまた自然の移りゆきのなかで、96歳になろうとする生命を閉じようとしているのだと、みずから納得しょうとしています。
今朝、娘から届いたメールに、スーザン・ボイルの歌に感激したとありました。母を看病している姉と家内と私の3人で、彼女の歌を聴き、遠くの地にいる娘に共感しつつ、静かに感動し疲れた心がすこし、慰められました。
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