版画『蝶を吐く人』
上野の森には、多くの人びとが集まってきました。お目当ては、博物館の「阿修羅像」と西洋美術館の「ループル美術館展」。開館前の「ルーブル展」には既に、長い行列ができていました。「阿修羅像」は恐らく、それ以上の盛況ぶりだと想像します。しかし私の行き先は、中間の東京都美術館。「日本の美術館名品展」。全国の公立美術館100館から集められた、各館至宝のコレクション220点。なんと目的地には、行列はなく待つ人もまばらで、まさに中間の穴場となっていました。
会場にはいり、著名な画家たちの作品群に、圧倒されました。公立美術館の多くが、ここ2,30年の間に建設されていますので、これらのコレクションも、その期に購入されたものがほとんどのようです。バブル期の西洋絵画への熱狂的な投機ブームを思いだします。地方への出張の折は、暇をみて地元の美術館へ立ち寄りますが、どこの県立美術館も著名な建築家の手になる素晴らしい建物でまことに居心地良く、その所蔵作品も西洋と日本の近・現代の代表的な画家たちのもので、各館が競い合って集めた名品群です。そして各館に共通しているのは、いつも静かに、ときには広い部屋の中でただひとり、これらの作品と対面できることです。大抵が、通勤ラッシュなみの混雑を覚悟しなければならない東京の美術館に通い慣れているものからすれば、地方の美術館は、夢のような時間と空間を提供してくれる天国のような場所です。こうした地方の公立美術館から集められた至宝の作品展が、今回の企画です。
さて、今回のようなコレクション展の楽しみのひとつは、新しい画家との出会いです。ありました。一番最後の部屋の版画コレクションのなかの一枚です。2時間近く観ていて少し疲れが出始めた頃に、おやっと目にとまりました。谷中安規(1897-1946)作『蝶を吐く人』(1933年版画、町田市立国際版画美術館蔵)。裸の初老の男が、口から蝶を吐きだしています。その様子が、影絵となって壁に大きく映しだされています。男と裸が不釣合いなように、男と蝶の取り合わせも、バランスを欠きます。蝶は何なんでしょうか。奇妙な版画です。でも、忘れられそうもない画です。ネットで「谷中安規」を検索すると最初に、甥に当たる方のサイトがありました。そのなかに、「仕事もせずに昨日も今日も街を放浪して歩いた。そして安規はいつも飢えていたが、貧にくじけもしないし、悩みもしなかった。安規はいつも楽しい夢を追っていた版画家である。」と紹介されていました。気になる版画家との出会いです。
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