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2009年6月28日 (日)

記録について―武田泰淳著『司馬遷』から―

Photo_2  陳舜臣さんの中国古代史を読んでいて、『史記』の著者司馬遷に興味を持ちました。そこで、書棚から武田泰淳著『司馬遷』を取り出し、再読しました。武田泰淳は、私が30歳代によく読んだ作家の一人で、同書もその頃に読んだものです。
 先に「竹簡とUSBメモリー」に、人間の「記録」への飽くなき執念について書きましたが、武田泰淳は、司馬遷と「記録」について、おもしろいことを書き記しています。

 「司馬遷は生き恥さらした男である」。冒頭文にこうあります。ことの顛末は、司馬遷が死刑囚仁安に宛てた返書『仁安に報ずる書』に記されています。匈奴との戦いに敗北・降参した友人の李陵を弁護したことが、漢の武帝の逆鱗に触れ、死刑となるところを宮刑に処せられたのです。「最下等なるは腐刑、これぞ辱ずかしめの極であります」。そして中書令となって歴史書『史記』を書きました。中国の歴史の記録です。
 武田は「記録は実におそろしい」と書きます。何故なのか。『史記』の「斉太公世家」の実例から。「斉の崔杼(さいちょ)という権力者は、その君、荘公を殺した人である。それ故、斉の太子は、「崔杼、荘公を弑(しい)す」と記録したのである。そこで崔杼は、「けしからん奴かな」とこの太子を殺してしまった。すると、太子の弟が、また同一のことを記録したのである。そこで崔杼は、この弟も殺してしまった。すると、その弟の弟が、また同一のことを記録したのである。三度目には、さすがの崔杼も、記録者を、殺すことはしなかった、と伝えられている。三人の兄弟が、つぎつぎと、死を以って記録を守ったのである。「記録」のきびしさは、つきつめればここに至る」。しかしこれは外に対するきびしさであり、歴史家には更に、内に対するきびしさも求められる、と武田はいいます。「内に対するきびしさとは、思慮の深さ、思索の広さでふる。記録はもとより守らねばならない。しかしその前に外に対して守るべきもの、死を以て記録すべきもの、それをまず決定せねばならぬ。深き思慮と、広き思索とによって、内に対して、きびしく、これを求めねばならない」。司馬遷は、その父司馬談のあとをついで、宮刑の辱めを受けながらも、歴史家として記録し続けたのです。
 武田泰淳は、この『司馬遷』を、1943年に出版しました。日中15年戦争の最中です。「司馬遷は、史記的世界を創り出したが、その結果、その中心が信じられなくなり、人間不信に陥った」と書きます。世界の中心にいる武帝が信じられない。しかし日本では、「日本の中心を信ずることのみが、歴史に参加することになる」と指摘します。「日本の中心」とは、天皇であることは明らかです。そして「史記的世界はおそろしい。真実だからおそろしい」と結語に書きました。
 
 

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