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2009年6月 7日 (日)

映画『子供の情景』

 石窟に彫られた巨大仏が、爆破によって一瞬のうちに崩れ落ちました。冒頭、8年前の春ニュースで繰り返し見たシーンが、映し出されます。アフガニスタンのバーミヤン遺跡。既知のことですが、タリバンによる巨大仏像の爆破音に、思わずギクッとしました。カメラは、この破壊された巨大仏像を背景に、アフガニスタンの普通の人びとの日常生活をとらえます。多忙に立ち働く大人たちの狭いすき間で、幼い無垢の子供たちが、暴力に曝されながらも希望を持ち続けています。イランのハナ・マフマルバフ監督作品『子供の情景』(07年イラン・仏合作)は、私の大切な映画のひとつとして、記録しておきたい。

 主人公は、6歳の女児バクタイと、すこし年上の男友だちアッバス。本を読むアッバスと赤ん坊をあやすバクタイ。バクタイは、アッバスのように学校へ行って、読み書きを習いたいのです。そのためには、ノートと鉛筆が必要だと、アッバスから教えられます。家の鶏小屋の卵を苦労の末に売り、念願のノートを手に入れます。ま新しいノートを手に、スキップをしながら帰ってくるバクタイの表情が、忘れられません。6歳の幼児のあふれるような喜び。このノートは、バクタイの希望の表徴です。
 しかし、このノート(=希望)が、暴力によって1ページ2ページと、引っ剥がされていきます。学校へ向かう途中、タリバンごっこにひたる年長の男の子たちに捕まります。「女は勉強なんかするな」と大事なノートを取り上げられます。悪ガキどもは、ノートのページを剥がし、紙爆撃機をつくって、遺跡に向かって爆撃します。鉛筆がわりに持っていたママの口紅を咎められ、「口紅は無神論者のものだ」として、処刑ごっこへと展開します。「処刑ごっこはいや!」というバクタイ。深い悲しみが襲ってきます。日がな一日、戦争ごっこを続ける悪がきたちも全然、楽しそうではありません。表情までが、タリバン兵になりきっているようです。「しゃべるな」「立て」「死刑だ」と、すべての言葉が、命令と死につながっています。このことがまた、やるせないほどに悲しい。
 道であったおじいさんが、学校への道を教えてくれました。ノートを剥がして作った紙の小舟を水面に浮かべ、この舟の流れていく方向に行きなさいと。清流には紙の小舟が浮かび、水鳥をかたどった杭が、小さな波をたてています。この映画で最も穏やかで美しいシーンです。
 学校へ着いたバクタイには、椅子がありません。先生が黒板で字を教えている間、教室では、椅子の取り合いがはじまります。そしてノートの紙と交換で、椅子半分を確保します。口紅でノートをとるバクタイ。口紅に敏感に反応する女の子たち。しばらくして振り返った女先生は、生徒の顔をみてびっくり。教室中の女の子が、不器用ながらも色っぽく、口紅を唇と頬に塗りたくっていたのです。タリバンごっこの悪ガキどもがみたらきっと卒倒するだろうな、と想像しながら女の子たちの平和な悪戯に、祝福を送りたい思いでした。
 近所の友だちアッバスのことも、忘れられません。タリバンごっこで「アメリカのスパイ」とされ、泥水の溜まった穴に突き落とされます。全身泥だらけとなったアッバスはまるで、石を刻んでつくった地蔵尊のようです。木の枝の銃で撃たれたアッバスは、倒れて死にます。死んでしまえば、「タリバン」たちが放っておいてくれることを、知っているからです。バクタイは、「処刑ごっこ」はイヤで銃に撃たれて「死ぬ」こともイヤなのです。だからアッバスのいうように、死ぬマネはできません。しかし映画の最後のシーンは、ショックです。「タリバン」に銃を向けられたバクタイに対して、アッバスが声をかけます。「自由になりたいなら、死ね!」。

 アフガニスタンの30年は、戦争と内戦の歴史です。
  1979-1989年 ソ連・アフガニスタン戦争
  1989-2001年 アフガニスタン内戦とタリバンによる支配
  2001-2009年 アメリカ・NATO軍によるアフガニスタン戦争
 1980年代に生まれた青年たちは、ソ連との戦争から内戦にかけて子供時代をおくり、成人となっていま、アメリカ・NATO軍あるいはタリバンと戦っています。映画の子供たちは、9.11以降に生まれた子供たちです。戦争と暴力が、いやがうえにも子供たちに、圧し掛かって行きます。19歳のハナ・マフマルバフ監督は、幼いバクタイやアッバスの眼を通して、世界の大人たちに問い掛けます。「これでいいのですか?」と。

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