メタボ脱出、そして背広のお直し
6月中旬に受けた人間ドックの結果報告が、郵送されてきました。総合判定B。「わずかに異常を認めますが、日常生活に差し支えありません」。検査区分ごとの判定は、胃内視鏡(胃カメラ)結果が「胃炎」でBでしたが、他の22区分はすべてAでした。過去消えることのなかった腹部超音波検査による「脂肪肝」の指摘が、なくなりました。
何年もの間、慢性的な胃もたれ感に絶えず、嫌な感じを持ち続けてきたのですが、昨年の人間ドックで胃炎と胃潰瘍瘢痕を指摘され、6月から11月までの間、薬による治療を続けました。この間にピロリ菌も退治。このため、酒を飲む機会がすっかり減り、薬が効いたのか酒を飲まないためか、胃の調子がよくなってきました。しかし、たまにお酒を飲むとやはり、胃もたれ感が戻ってきます。特にこの春、母の最期を看取った前後は、以前同様の胃痛に悩まされ続けました。そうして6月、人間ドックで検査を受け、結果は冒頭の通り。
体重が6㎏ダウンし、中性脂肪も半減、そして腹囲(臍周り)が7㎝縮まり、メタボ基準の85㎝を大幅に下回りました。体重は、20年前の水準に戻り、最高時よりも12㎏減少したことになります。メタボチェックの若い看護師からいたく、誉められました。胃もたれという慢性症のお陰で、初老の小太りから脱し、ダイエットに成功したわけです。しかし問題が発生しました。すべてのズボンが、ダブダブになりました。ズボンのウェスト・サイズを大幅に縮めなければなりません。
電話帳で探した洋服リフォームの店は、高崎市郊外の田んぼに囲まれた住宅地にありました。自宅の庭に小さな作業場を建て、「洋服のお直し」と大書した看板を掲げています。小柄の店の主が、笑顔で迎えてくれました。部屋の隅に置かれた衣桁(いこう)には、修理をまつくたびれた作業服や地味な婦人服の掛かったハンガーがいくつか、下げられています。壁には、「洋服一級技能士」の資格証のはいった額が、掛けてあります。生年は、昭和15年生まれ。採寸の結果は、5~10㎝縮めるということになりました。長いものは、三方を詰めて3000円、短いものは1ヶ所だけで1500円、よろしいでしょうかと遠慮がちに見積もられ、お願いすることとしました。
話の好きな主人でした。中学を出てすぐに、洋服の仕立て屋に勤め、丁稚奉公のようなことをしながら、技術を学んだ。一人前となった30歳のときに独立、一級技能士の資格も取った。1970年の頃です。はじめは客もつき、10~20万円の注文がきた。あの頃はよかった。しかしその内に、技能だけでは限界となり営業しないと仕事が取れなくなった。前橋の百貨店もまわった。当時住んでいた安中市と榛名町の、成人式を迎えた300人位にダイレクト・メールを送ったところ、3人の青年の親から問い合わせが来た。やったあ、と思ったのも束の間、当の息子たちと話す段になって、10万円もあれば、背広と革靴とワイシャツと合わせて買っても釣りが来る、といわれて破談となった。洋服の仕立てということが理解されなかった。かつて10万円も20万円もする背広を仕立てた人たちは、みんな歳をとって、背広を作らなくなった。若い人は、仕立てなんかに、見向きもしない。仕立てた背広の価値は、作って実際に着た人にしかわからない。仕立て職人は、人間の骨格の勉強もするんですよ。骨格を研究し、人それぞれの体の特徴を把握し、それから仕立てるのだから、お客は満足されるのです。
高崎に背広の量販店ができたので、そこに雇ってもらおうと出掛けた。面接のとき店長から問われた。背広のズボンの裾上げに何分掛かるか?そんなの簡単、すぐにできる。では、100枚の裾上げは、1000枚の裾上げは、と問い詰められて、ギブアップした。それをこの量販店は、千葉の縫製工場に外注し、枚数制限なく、翌日仕上げて転送されてくる、というシステムを採用していた。そこで、千葉の工場を見にいって驚いた。徹底的な分業体制を組んでいた。たとえば、裾上げだけで、股下寸法目印、布カット、靴宛布付け、裾折り返し、引き攣れ調整・・・・・と10パート程度に分割し、それを約10人のパート作業員が、手早く片付けていく。勤めて何日もたたない女性パートが、一級技能士の自分より、手早く的確に仕上げていく様子に、ショックを受けた。
いまはこうして、洋服のお直しで食べている。私は背広の仕立てしかできない、不器用な人間なんだよ。職人では食えないね。しかし最近、草狩り機を上手に扱えるようになったよ。ボランティアで、近くの公園や川の土手の草狩りをやっているのさ。洋服お直し家の主人は、このように話しました。私の持ってきたズボンに、採寸の針を指しながら、楽しげに語り続けました。北関東の地方都市の一角で、ひとりの職人が、その矜持を保ちながら、生きつづけています。
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