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2009年9月19日 (土)

ボンネットのなかから、「たま」が来た

Img_17151_2  丁度1ヶ月前、子猫が迷い込んできました。やせ細った生後2ヶ月くらいのメス猫でした。ここ里山には、しばしば、子犬や子猫が捨てられ、その度に、動物好きの私たちは、心が掻きむしられる思いを、体験させられてきました。

P10902051_1  旧盆を過ぎた頃、早朝の犬の散歩のとき、子猫の啼き声が、何処からともしれず聞こえてきました。周りを見渡しても、姿がありません。啼き声も断続的で、耳のせいかなと思う程度でした。
 朝食後、いつも通り職場へ向かうために、車で高崎駅まで行きました。途中の信号で、ちらっと、猫の声が聞こImg_16961_1えた感じがしました。その時丁度、視覚障害者のための信号音が鳴り出したので、聞き違えたのだと思いました。 そして駅駐車場で、車を停めて外へ出たときまたまた、か細い子猫の声が聞こえました。後部座席の上下を確認し、まさかとは思いつつ、トランクを開けて確認しましたが、勿論、いませんImg_17441_1でした。二度三度の聞き違いに、ひとり苦笑いをしました。
 夕方、東京の職場から戻り、駐車場に車を取りにいったとき、今朝方の子猫の声のことを思い出し、信号音を聞き違えた自分が、おかしくなりました。
 夕食時、家内と朝の子猫の啼き声談義をしながら、「猫に取り付かれた」Img_1778_1などと、冗談を言い合いました。一夜明けた翌朝、その日も犬の散歩へ出かけようとしたとき、またまた子猫の声。2頭の犬が、私の車に向かって、激しく吠え立てました。万にひとつ、車のボンネットを開けて、ビックリしました。
 子猫1匹分のスペースに、啼き声のP10903091_1主がいました。ボンネットのなかを見下ろすと、成る程、地面が見えています。何時ここに潜り込んだのでしょうか。駅までの往復20㎞、駅駐車場での12時間、そして、最初に子猫の声を聞いてから24時間、最短でもこの間、ボンネットの狭い空間に、居続けたのです。
 数年前に、16年間飼いつづけた三P10902381_1 毛猫が、相次いで死にました。それまで1番多いときには、6匹の大猫、子猫たちが、家の中を我が物顔に、闊歩していました。みんな、里山に捨てられた猫たちでした。最後の一匹が死んだ時、もう猫を飼うのは止そうと、家内とともに決意したのでした。
 固い決意の私は、ボンネット・キャットを、20mほど離れた猫好きの隣家Img_1668_1_2 の塀の上に放ち、職場へといそぎました。隣家の庭からは日中から深夜にかけて、啼き声が止むことがありませんでした。しかしその翌日、最早子猫の啼き声は、聞かれなくなりました。ほっと安堵しました。隣家のやさしい娘さんに、拾われたのかなあ、と想像しました。P10902291_1
 しかし、安堵したのも束の間。初めの日から3日目の朝、散歩の時、再びボンネットの中から・・・・・。こうなったら、もうダメです。運命論者の家内は、この子はわが家に飼われる運命だったのだと、引き下がりません。そこで、屋外で飼うことを条件に、飼うことになりました。そして10日後、中国から帰ってきた夜9時過ぎ、玄関から子猫が跳びだして来て、私を出迎えてくれました。
 ひと暴れをして疲れると、家内の首筋に抱きついて、母猫の乳首がわりに、のどのあたりをチューチューと、音をたてて吸っています。

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