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2009年12月14日 (月)

韓国併合100年

 来る2010年は、大日本帝国が大韓帝国を併合して100年目の歴史的な節目の年になります。日本にとってのこの100年は、36年間におよぶ朝鮮植民地支配(そのなかに15年戦争を含む)時代と、戦後の65年間にあたります。戦後の65年間は、朝鮮戦争と南北分断があり、日本は、その北半分とはいまだ国交はなく、南の韓国との間ですら、ここ数年の活発な交流にかかわらず、真の和解にはほど遠い感じがします。
 『世界』1月号は、この「「100年」は、日本と朝鮮半島をめぐる近現代史を考えるための象徴的な時間と捉えるべき」だとして、特集「韓国併合100年-現代への問い」を掲載しています。

 特集は、7本の論文・討論・インタビューから構成され、内容は多様で広範囲なテーマを取り上げています。ここでは、中心的なテーマである日本の朝鮮植民地支配について、何点かメモします。
 藤原帰一氏は、「帝国」日本について、次のように語ります。日本は、明治維新を転機に国民国家をつくり出すと同時に、多民族からなる帝国に変わっていった。しかし、ヨーロッパ諸国のように植民地の独立という苦難のプロセスを経ず、敗戦によって植民地支配を清算させられる、という経験をした。このことから、「多民族の帝国を営んだことの責任という文脈から、戦後の在日朝鮮人の問題を捉える視点は希薄だった」。だから「帝国の『二級市民』であったコリアンが、今度は国民国家の下での外国人という存在にされる。帝国が暴力だとすれば、国民国家になること自体も暴力性をはらむ」と重大な問題を提起しました。
 これをうけて和田春樹氏は、終戦で日本人が感じたのは、軍国主義と専制的な天皇制国家からの解放だったが、「植民地支配の問題は、戦後の反省において日本人の心から長い間、消えていた」と指摘します。(以上、和田春樹・藤原帰一・姜尚中三氏よる討議『朝鮮植民地支配とは何だったのか』から)
  成田龍一氏も、日本は敗戦によって植民地を一挙に喪失することによって、植民地問題に苦しむことなく、その責任に正面から向き合うこともしなかった、としています。そして戦後の歴史学は、「戦争責任」を追及し続けてきたが、「植民地責任」については、そうではなかった。「ましてや「戦後」まで、「植民地責任」が継続していることへの意識は薄い」。これら「戦争責任」と「植民地責任」とを包括する概念として「帝国責任」という概念を提起し、そのことがまさに、現在、問われる必要がある、と結んでいます。(成田稿『「帝国責任」ということ』から)
 高橋哲哉氏は、藤原・成田両氏と同様に、植民地支配の責任が意識されていないことを指摘し、それは、リベラル派や護憲派にも共通している、としています。「日本の過ちは満州事変から始まった」という意識です。「植民地支配と戦争との連続性を問題にする歴史認識が、ごく少数のものだった」のです。これに関連し、高橋氏は、NHKの司馬遼太郎原作『坂の上の雲』のドラマ放映に言及しています。「日本が朝鮮半島への侵略を進めたという事実よりも、欧米列強の進出に対抗し、明治維新でいちはやく近代化を成功させた日本が列強の一員になったという物語を、なぜ韓国併合100周年の年に、大々的に流布させるのか。そこには、日露戦争を経て列強の一員となったことを成功物語として誇る一方、植民地支配の負い目を無意識のうちに忘れたいという欲望が働いているのではないか」との指摘は、極めて鋭く、そして重要です。(インタビュー『2010年の戦後責任論』から)
 坂本義和氏は、今年9月、ソウルで開かれた国際シンポジウム「21世紀の東アジアを構想する」において発表された基調講演を加筆のうえ、投稿しています。北朝鮮問題を中心にすえた東北アジア共同体の条件や、東アジア共同体を追求するに当たっての、東アジアのアイデンティティの所在を、大変魅力的に語っています。(坂本稿『東アジアを超えた「東アジア共同体」の構想を』から)

 この10月から、東アジアの近現代史を学び始めたばかりの私にとって、このうえなく有用な特集記事でした。今一度、ゆっくり読んでみたいと思います。 

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