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2010年1月16日 (土)

映画『母なる証明』

Photo サクッサクッと、薬草を裁断する乾燥した音が、静かな画面に響き、何かが起こりそうな予感を誘います。裁断機にむかって無言の作業をつづける女性の不安な視線が時々、店の外の青年に注がれます。突然、青年はベンツに轢かれそうになり、女性は、裁断機で指をつめてしまいます。(韓国映画『母なる証明』(原題MOTHER)から)

  韓国の小さな町で起こった女子高生殺人事件。無垢で小鳥の眼をした青年が、容疑者として逮捕されます。町の警察は、十分な捜査をすることもなく、この青年を犯人と決めつけ、もう終った事件として処理します。青年の母親は息子の無実を信じ、郡一番の弁護士に依頼しますが、弁護士は多忙と少ない費用を理由に、真剣に取り組もうとしません。母親は自ら、真犯人を追って走り出します。
 息子は、殺人事件の容疑者として拘置所に収監されている自覚はありません。母親は懇願するように、事件の夜の記憶を蘇らそうと、息子に迫ります。過ぎ去った時間の記憶にこそ、息子を救い出す手立てがあると信じる母親。息子は必死になって、過去を思い出そうと、両方のこめかみを、もみほぐします。あっ、と息子の呼び戻した記憶は、事件よりも前のささいな出来事でした。更にこめかみを揉みつづけ、ついには、幼児期の恐怖の記憶を呼び覚ましてしまいます。拘置所での母親と息子の面会のシーン。突然、息子は顔の右半分を手で覆い隠し、「小鳥の眼」といわれた涼しい左目で、母親を凝視して言い放ちます。「母さんは、僕を殺そうとした」。イノセントを「演じて」きた息子が一瞬、冷たく美しい表情に変わりました。
 このシーンに至るまで私は、この映画を、母親が息子の無実を信じて真犯人を追跡していくサスペンス映画として、ハラハラしながらも母親の「無償の愛」の結末を期待しながら、スクリーンに釘付けになっていました。監督が巧妙に仕掛けるミステリーが、いやがうえにも、真犯人像を求めて、想像をめぐらせます。しかし、顔の右半分を手で覆った息子の真剣な表情と過去の記憶に、この事件にはただならぬ背景があることを、感じはじめました。被害者の女子高生の境遇が、それに重なります。韓国社会の抱える闇が、顔を覗かせるのです。
 衝撃的な結末には、声を失いました。
 韓国映画の凄みと完成度の高さを、再認識しました。

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