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2010年4月26日 (月)

井上ひさしさんの追悼読書 下

9784167111229_3  山中信介の住む根津界隈は、大空襲で被害にあわなかった、東京では数少ない地域でした。戦災で生き残った縁者が、信介を頼ってやってきました。亡くなった長女の嫁ぎ先の祖父母と義理の妹、亡兄の妾と信介が密かに思いを寄せる未亡人、知人の娘さんが二人。信介の家族5人を含め総勢12人が、敗戦直後の混乱期を、ひとつ家族のように肩を寄せ合って、なんとか働き、暮らしていきます。

 信介の刑務所からの出所後しばらくして、山中家に大事件がおこりました。ふたりの娘を含む7人の女たちが、帝国ホテルに出入りして、進駐軍将校たちの女になっていることが分かったのです。さらにそれ以上に衝撃を受けたのは、米軍少佐の恋人となった次女から聞かされた、ある陰謀のことです。占領軍が、皇国思想との断絶のため、日本語のローマ字化をはかっている、というのです。ここに、本書のもうひとつのテーマである国語論争が展開されます。
 日本語改造を目論んでいるのは、GHQの民間情報教育局・言語課長・言語簡略化担当官のロバート・K・ホール少佐34歳。彼は、漢字を「髭を生やした妖怪變化」と揶揄し「悪魔の文字」と称して、漢字を日本語から追放すべきだと主張します。ホール少佐は、日本の教育制度改善策を提出するアメリカ教育使節団のために、「日本語ローマ字化への早道―二段階改造案覚書」をまとめました。次女のコネでGHQ雇員となつた信介は、ホール少佐から、意見を求められます。ホール少佐の日本語ローマ字化案は、つぎのとおりです。
 漢字使用を禁止し、すべての表記をカタカナとし、その後、ローマ字とする、というのが提案の骨子です。提案理由は、つぎのとおりです。
①漢字禁止による皇国思想との断絶。
②カタカナ表記での「分かち書き」(語と語の間に空白を置く)の知識は、ローマ字学習に通じる。
③カタカナ専用文によって平明な日本語文章となり、知識層と一般人との乖離をなくす。言文一致化となり、これもローマ字学習に通じる。
④話し言葉としての日本語は易しい。∵音節数は114前後と少なく音韻構造も簡単で規則的。しかし、書き言葉は極めて難しい。∵カタカナ・ひらがな・漢字の並存、外国人の習得困難で、検閲業務に支障。
⑤児童は、初等教育で漢字学習から解放され、学力は驚異的に飛躍し、民主社会の市民にふさわしい言語能力と常識を養うことができる。
⑥カタカナ使用は、タイプライターの使用を可能にし、能率向上に役立つ。
⑦カタカナは、数少ない優れた日本人の発明品。敗戦後の日本人としての民族の誇りを取り戻せる。
⑧極端な中央集権制の日本では、GHQ指令によって、容易にひろがる。
⑨カタカナ専用説、ローマ字化説ともに、明治維新以来、日本にあったものである。
 これに対して山中信介は、新聞社論説委員の高橋さんから漢字擁護論を聴いて、ホール少佐と対決しょうとします。高橋さんの漢字擁護論。
①漢字仮名交じり文は、一千年の歴史と伝統をもち、それだけ工夫してきている。
②春が来た春が来たどこに来た  山に来た里に来た野にも来た
  菜の花や月は東に日は西に  五月雨や大河を前に家二軒
 日本語では、実体を持つ概念は、漢字で書き(春・山・里・野・来、菜花・月・東・日・西、五月雨・大河・前・家二軒)、関係を表す概念は仮名で書く(が、に、や、は)。このため、切れ目が明瞭で句読点が不要である。
③漢語は日本語の半分をしめる。漢字をなくすと、日本語の半分が、集団で行方不明になる。例:ショウニンはそのショウニンのためにショウニンにたつことをショウニンした(上人・商人・証人・承認)
④漢字の生産力・受胎能力は高く、時代の要請に応じて、いくらでも新しい漢語を産むことができる。例:員→社員・外交員・議員・動員・署員・審判員・・・・・・
 信介は、 高橋さんの「漢字仮名交じり文」擁護論をもってホール少佐に挑もうとした時突然、連合国の占領目的を妨害した疑いで逮捕され、憲兵隊留置場に入れられました。ホール少佐が、絶対的な権威をもった教育使節団への提案を前に、妨害要因をのぞくために仕組んだものでした。いよいよ日本語にとって、未曾有の危機が迫ります。これに文字通り身体を張って立ち向かったのが、「東京セブンローズ」の7人の美女たちでした。はたして彼女たちの戦いとその成果は?

 井上作品から「笑い」をとったら、もはやそれは、井上文学でなくなります。私の「東京セブンローズ」紹介は多分に、そのような感じになりました。しかし、本書も間違いなく面白く、あちこちに笑いが散りばめられています。ただ、「吉里吉里人」にあった荒唐無稽さに抱腹絶倒したのとは、だいぶ違います。戦時下の下町の人びとは、物資も食糧も不足し、不便な生活を強いられるなかで、必死になって知恵をしぼり身体をはって暮らしています。一方で、国家とそれにつながる者たちの不条理な言動は、ばかばかしくて我慢なりません。しかし、人びとの一所懸命ぶりのなかに、おもわず懐かしさと笑いがこばれ、滑稽なまでの不条理さは、皮肉な笑いを誘います。
 戦後のGHQによる日本語改革は、歴史的な事実です。ロバート・K・ホール少佐も実在した人物です。恐らく彼の提案書も、本当のものだろうと想像します。高橋さんの日本語擁護論は、井上ひさしさんのものなのだと思います。高橋説の、②実体概念は漢字、関係概念は仮名、と④漢字の受胎能力については、なるほどと納得しました。ホール説も、なかなかおもしろい。民主化のためにわかりやすい日本語にする、という趣旨は正しい。日本国憲法が、山本有三によって、比較的分かりよい日本語に修正されたということと、相通じます。しかし、ホール少佐のいうように、カタカナ書きで、果してわかりよい日本語となるのかどうか、疑問です。タイプライター使用可能論は21世紀の今、パソコンによって克服されました。(パソコン使用による日本語への影響については、恐らく、終戦直後の日本語危機の時期と同じぐらい大きな問題をはらんでいる感じがしますが、ここではふれません。ただ最近、やたら難しい漢字を選択している文章が目に付き、パソコンの影響のひとつだと想像します。)それはともかく、この作品は、フィクションとノン・フィクションの境界が、分かりません。全部本当にあったことのような気がしますし、そんな馬鹿なといった場面も多々あり、やはり井上ひさしさんの虚構だな、と思ったりもします。井上さんの執筆前の調査と研究の徹底振りはつとに有名であり、本書巻末の参考文献を見ますと、歴史の事実を踏まえて執筆されていることは、間違いないと思います。歴史上の事実を丹念に踏まえながら、井上ひさしさんの虚構でもって、人間の真実に限りなくせまった小説だといえます。これこそ、井上ひさし文学の真骨頂なのです。
 あらためて、井上ひさしさんのご冥福を、心からお祈り申し上げます。

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