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2010年8月12日 (木)

韓国併合100年首相談話

 菅直人首相は、韓国併合100年にあたり、閣議決定のうえ首相談話を発表しました。談話では、「政治的・軍事的背景の下、当時の韓国の人々は、その意に反して行われた植民地支配によって、国と文化を奪われ、民族の誇りを深く傷付けられ」たとの歴史認識を示すと同時に、歴史に誠実に向き合い、史実を直視する勇気と謙虚さを持ちたいと、歴史に対する基本的な姿勢を表明しました。

 これは、韓国・朝鮮の人びとに対して謝罪し、歴史的な和解を求めるメッセージであるとともに、日本国民に対して、アジアの人びと、とりわけ隣国である韓国の人びととの友好と未来志向の前提条件を指し示すものでした。菅内閣は参院選敗北後、腰の定まらないヨレヨレの状態が続いていますが、今回の声明発表を、昨年民主党政権発足時に提起された東アジア共同体構想を堅持していこうとの意欲のあらわれとして評価したい。自民党政権ではなしえなかった、大切な政治的決断だ、と思います。
 このブログの2010/615の記事で、『韓国併合100年-日韓知識人共同声明』を取りあげました。声明は、「韓国併合は、この国の皇帝から民衆までの激しい抗議を軍隊の力で押しつぶして、実現された、文字通りの帝国主義の行為であり、不義不正の行為である」との認識を示しました。また、日本政府が65年の日韓基本条約の締結時、「併合条約等は「対等の立場で、また自由意思で結ばれた」ものであり、締結時より効力を発生し、有効であったが、1948年の大韓民国成立時に無効になったと解釈」してきたのに対し、声明は「併合条約は元来不義不当なものであ」り、「当初より不法無効」であったと主張しました。声明が求めた最大のポイントは、日本政府がこの「当初より不法無効」であったことを認めることでした。菅談話は必ずしも、声明の主張をそのまま採用してはいませんが、「その意に反して行われた植民地支配」と表現することによって、従来の「対等の立場」で「自由意思」で結ばれた、という政府解釈とは一線を画した、と評価できます。
 菅談話に対して、与野党の保守・右翼陣営から一斉に、個人的な賠償請求を触発することになる、という矮小な批判が出されました。これについては、ジャーナリストの田畑光永氏のブログ「リベラル21」の記事「 ここまで落ちた国家主義-日韓「談話」反対論のお粗末」を読んでいただきたい。
 韓国の人びとは、どのように受け止めたのか。朝日新聞8/11には、朴裕河パク・ユハ世宗大学教授のコメントが掲載されています。朴裕河さんは、2007年大仏次郎論壇賞受賞作品『和解のために』のなかで、「被害者の示すべき度量と、加害者の身につけるべき慎みが出会うとき、はじめて和解は可能になるはずである」と記した日本文学研究者です。朴さんは、韓国内の議論は、二つの焦点にある、といいます。談話が韓日併合条約の無効性を認めるかどうか、そして個人補償についての言及があるかどうか。前者は知識人が求め、後者は被害者たちが求めていたもの。ところが、談話はどちらも触れておらず、韓国全体としては、前向きには受け止められないだろう、と感想を述べています。韓国の人たちの、日本と日本人を見る厳しさに、大きな変化がないというべきかもしれません。しかし、今回の菅談話は、朴さんの云う「加害者の身につけるべき慎み」という態度に近いものだと思います。この慎みを、日本政府と日本人が持ちつづけようと努力していく限り、韓国はじめ、アジアの人びととの歴史的な和解に、限りなく接近していくものだと確信します。

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