熱帯夜に舞う白い妖精たち
夏の間、犬たちの夕方の散歩は、日が暮れてからいくことにしています。それでも犬たちは、散歩から帰るとすぐ、10㎝ほど水を張った犬用浴槽に伏せって、火照った身体を冷やします。ちょうどその頃、まわりの里山では、カラスウリ(烏瓜)の白い花が、妖艶な姿を誇るように、開花し始めます。
カラスウリは、ウリ科のつる性多年生草本。雌雄異株で、雌花と雄花が、それぞれに着花します。子供のころ、秋になると明るいオレンジ色の実から、大黒様に似た褐色の種子をとりだして、遊んだことを思い出します。白い花については、記憶にありません。花は、日没後に咲くのです。
昨夕、猛暑にうなされながら、蚊の飛来もものともせず、カラスウリの開花の様子を、観察することにしました。5時時点では、蕾は堅く閉じていましたが、5時30分、花の先端が割れはじめ、それから15分ほどたって、左の写真(5時46分)のように、蛇が大口を開けたように開花しはじめました。
それから5分もすれば、花弁はすっかり開き、そしてこれからが、この花独特の、展開となります。5枚の花弁に抱かれていた細い糸状のものが、花弁の縁から網の目のように、伸びはじめました(6時3分)。写真右側の花は、先端が割れはじめたところ。株によって若干の時間差があります。
6時12分、徐々に、白い網が広がっていきます。物理学者の寺田寅彦は、『烏瓜の花と蛾』(1932)というエッセイに、この花を「夏夜の妖精の握り拳」と、言い得て妙なる表現をしました。この白い妖精のいのちは、一晩だけ。雌花は果実と化して生き延びますが、雄花は翌日には、花軸の端が離脱して、ポロリと落下します。
6時20分、ほぼ開ききった状態。寺田寅彦は先のエッセイで、「開き始めから開き終わるまでの時間の長さは5分と10分の間にある」と書いていますが、私の観察では既に、開花から30分以上たちました。
横から見ると、寺田のもうひとつの命名「花の骸骨」という表現に相応しい形状をしています。正面が、シンメトリックな形を志向しているのに対して、側面は、糸となった白い花弁が、自由に跳ねまわっているようです。この白い糸に触れてみると、すこし粘つく感じで、匂いは強くありません。雄花を割いて舐めてみると、ほんの少し甘味がありました。昨晩の短時間での観察では、昆虫たちはやって来なかったのですが、この蜜が、花粉を媒介する虫たちを呼び寄せるのだと、納得しました。
早朝起きて観ると、あの白い網状の糸は、なくなっていました。深夜未明に、花弁の縁から伸びていた白い糸は再び、5枚の花弁に包まれて、元の鞘に収まってしまいました。 花のもっとも大切な仕事である受(授)粉という性の営みを終えて、花の短い命を、全うしたのです。任務を終えた花たちは、虫たちを呼び寄せたあのはなやかな糸状の裂花を、跡をよごすことなく、片付けてしまいました。カラスウリの不思議な生の営みです。
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